生き埋め
――ザッ、ザッ。
夕方の静寂に包まれた森の中を、シャベルの音が響く。
「山道の少し外れたところに、生き埋めにされた死体がある?」
そんな話を未晴から聞いたのは、まだ空も青い昼休みのことだった。
「そうなの。お父さんが言っていたんだけど、何年か前にここの近くで事件があって、その被害者の人がまだ見つかってないんだって」
そういいながら、未晴は紙パックのジュースをチュー、と音を立てて吸い上げた。部室棟には、俺たち以外に人はいないようだった。
「本当か? そんな話、聞いたこともないけどなあ」
「犯人は見つかったんだけど、取り調べ中に病気で亡くなったみたい。それで少し調べた後、捜査が打ち切りになったんだって」
未晴の父親はゴシップ紙の記者だった。こういったいわくつきの噂話をかき集めてきては、未晴によく話しているらしい。
そんな怪しい話ばかり集めてきて、クビになったりしないんだろうか。
「それでなんだけど……。今日さ、そこに行ってみない?」
未晴は少し遠慮がちになって言う。
「今日? また急な話だな」
「だって早くしないとお父さんたちが掘り返しちゃうかもしれないじゃない。それに第一発見者になったら、きっと有名人だよ」
有名人という言葉に、思わず反応してしまう。何より、話自体は眉唾ものと思っていたが、興味はあった。
「そうはいっても、掘り返すってなったら準備が必要だろ」
「ああ、それなら」指をさした先のロッカーに、園芸用の二本のシャベルがあった。
俺はその用意周到さにようやく観念して、未晴に押し切られるような形でその場所へと向かったのだった。
――ザッ、ザッ。
目的地に着くと、あとで掘り返すことのできるようにだろうか、その地点に目印がつけてあった。早速持ってきたシャベルを突き立てた。
そうしてかれこれ一時間ほど手を動かし続けている。
「未晴も手伝ってくれよ」
そう言って振り返ってみると、もうかなり掘っていたのか、彼女の顔を見るためには目線を上にあげないといけなかった。
「だって、そう狭く掘り進められると手伝いにくいもん」
穴は、ちょうど人一人が入れるほどの穴になっていた。これより外側は真下の土よりもかたく、掘り起こすのは骨が折れそうだった。
結局、そのあとも一人で掘り進めることになってしまった。
――ザッ、ザッ。
――カンッ。
金属の音が、およそ似つかわしくない森の中に響いた。
「未晴、水道管に当たったみたいだ。これ以上は掘れるわけはないし、とんだ無駄足だったな」
「そう……。ないんだ、死体」
未晴は調子を落とした声でそう言った。夕日の逆光を受けて、その表情までは読み取れない。
「これ以上暗くなるといけないし、さっさと埋めて帰ろう」
「ねえ、それ、何だろう」
未晴は、俺の後ろを指さしていた。何か見落としでもしたんだろうか。そう思って足元に目をやった瞬間。
――ゴッ!
鈍い音。
目の奥が、チカチカと光った。
何が起きたのか、まったくわからなかった。頭に強い衝撃を受けたとわかったのは、視界が完全に真っ暗になった時だった。
そうして、俺は体を突っ伏すように倒れこんだ。
「ごめんね。生き埋め死体がないと、お父さんクビになっちゃうから」
薄れる記憶の中、最後に感じ取ったのは。
――ザッ、ザッ。
シャベルの音と、ひんやりとした土が覆いかぶさる感覚だった。
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