人体消失マジック

 やあ。こんにちは、そこのあなた。

 え? いや、そこのあなたですよ、あなた。

 わたくしですか? いえいえ、わたくし、怪しいものじゃございません。わたくし、こう見えても流しでマジシャンをやっているものです。ええ、そうですそうです。あのマジシャンです。少しばかりのお情けをいただく代わりに、マジックを披露して回っているのです。

 なに、証拠を見せてほしい? ええ、ええ、構いませんよ。ではまず手始めに、そうですね、コインを使ったマジックでもしましょうか。

 まず、ここにコインが一枚ありますよね。 見えますか?

 これを右手で握りまして、まだですよ、まだ手の中にあるでしょう、ほら。そしてもう一度握ってみますよね、さあ、そして、手を開いてみると、どうですか、手のひらから、コインが消えてしまいました!

 まだまだ。今度は五枚です。五枚あるコインを消失させます。

 さあ、そしてこれを机の上に置いて、さらにコップでふたをします。手で直接持っていると、あなたのような聡明な方には、怪しまれてしまいますからね。さあ、少しコップを揺らして、まだ入っていますね、音がしますものね。そうでしょう? ではコップを上げてみると、あら! いつの間にか四枚に。一枚はどこに行ったのでしょう。残りは一気に行きます。目を離さぬように。一度コップを乗せて、離すと、四枚あったコインが三枚、二枚、一枚となって、さあ、あっという間に、五枚のコインが、すべて、消えてしまいました!

 楽しんでいただけましたか。このマジックに題名をつけるなら『コイン消失マジック』となるでしょうね。

 さて、それでなのですが、これよりもっとすごいと思っていただけるようなマジックがあるのですが、見ていただけますか?

 おお、ありがとうございます。それでは、そうですね、今度は誰かに協力をしていただきたいのですが。そうだ、あなたの隣にいらっしゃる方。こちらはあなたのフィアンセですか? そうですか、お美しい方だ。

 これから行うのは、彼女を消失させるマジックです。いうなれば『人体消失マジック』ですね。さあ、どうぞこちらへ。

 ああ、そこに段差があるのでご注意を。さあ、お美しい方、あなたはこちらです。ええ、今度は人を消失させるわけですからね、特別に大きな箱をご用意させていただきました。

 大変心苦しいのですが、お美しい方、こちらの箱の中へ入っていただけますか。ええ、大丈夫ですよ。一度ぐるっと見回していただいて。よくご覧になってください。この箱の中にも外にも、種も仕掛けもございませんね。そうでしょう?

 さあ、それではいよいよ、消失マジックをお見せいたしましょう。箱の正面に、中から手を出すところがありますよね。そうそこです、その穴です、ここからあなたのフィアンセに手を出していただきます。ああ、そうですそうです。まだここにいらっしゃるのがお判りですね。

 先ほども言った通り、この箱には種も仕掛けもございません。そう、もう一度ぐるりとこの箱を回転させて、おかしなところはございませんよね?

 あれ! 先ほどあった穴が、彼女が手を出した穴が、いつの間にかふさがっていますね! 箱を開けてみます。すると、どうでしょう、箱の中には、彼女の影も形も、まったくないではないですか!

 ありがとうございます、ありがとうございます! はい? このマジックの種ですか? いえいえ、それをお教えすることはできませんよ! こればかりは私の商売道具ですからね。こればかりはご勘弁ください。

 それでは私は失礼いたします。また旅を続けなくてはいけないのでね。

 え? 彼女はどうした、ですって? 何のことでしょうか。はい、はい。消失させた彼女はどこにいるのか、早く返してほしい、と。

 いったい何を言っているのか、わたくし、見当もつきません。

 だってね、あなた、考えてもみてください。先ほど『コイン消失マジック』をお見せしたでしょう。あのマジックを見せた後、消えたコインは出てきましたか? ちゃあんと思い返してください。出てきましたか? そうでしょうそうでしょう。

 そして今回は『人体消失マジック』です。ね、お判りいただけたでしょう。そういうマジックなんですよ、これは。

 そしてもう一つ、わたくし最初に言いましたよね。わたくしは少しばかりのお情けをいただいて、マジックを披露していると。

 それではさようなら。

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