第29話 鍛冶屋
「持っていく毛皮は、これで全部か?」
「ええ、後はお金を持っていけば大丈夫よ」
今日は町に降りて買い出しをする。いつものようにカリンの店に行った後、俺は鍛冶屋にクロスボウの部品を頼む予定だ。
アイシャは弓を、俺はショートソードを手にして山道を降りていく。
「アイシャ、弓の矢って矢じりがあったらすぐに作れるものなのか?」
「木材もカエルの皮もすぐ手に入るからできるわよ。そういえば乾燥した木が少なくなってたわね、帰ったら木を伐りに行きましょう」
町では金属製の矢じりだけを買って、矢自体は自分で作ると言っていたな。
すると後は部品の値段次第か。俺の手持ちは銀貨38枚。前に大岩を切った時の報奨金の残りだ。鉄は高価だと言うし、場合によっては矢じりの数を減らす事も考えておくか。
警戒しながら山道を降りて街道沿いまで出てきた。
街道と山へ向かう道の分岐点には道しるべが立っていて、その影は俺の方向に伸びている。
で、太陽はというと町の反対方向、西の方角だ。やはり太陽は西から昇っている。
「ユヅキさん何しているの? 町はこっちよ」
道しるべを前に黄昏ている俺を見て、アイシャはあきれたように町に向かって歩き出している。
「ハァ~、そうですよね。俺が非常識なだけです。すみません」
町の城門を通り抜けてすぐに、アイシャは城壁沿いの道を進んでいった。
「ユヅキさん。カリンのお店に行く前に鍛冶屋さんに行きましょう。今日作ってもらえるなら早い方がいいと思うの」
「そうだな、部品の説明に時間が掛かるかもしれないし、その間にアイシャはカリンの所に行っておいてくれ」
「ええ、そうしましょう。カリンのお店に行くときは、この城壁沿いに一旦門まで戻ってから行った方が迷わないと思うわ」
鍛冶屋は城壁沿いに少し下った場所。人家からは離れた水路沿いに建っていて、その水路には水車が回っていた。
「こんにちは。親方はいますか」
「おう、なんでえ~、猟師の嬢ちゃんじゃねえか。そういや最近来てなかったが、具合でも悪かったのかよ」
そう言って奥の工房から出てきたのは、肩幅の広い筋肉質な虎獣人だった。頭に巻いた手ぬぐいを取りながら、カウンターの向こう側に立つ。
「ちょっと大怪我して歩くこともできなくて、こちらには久しぶりになりますね」
「えっ! 怪我って、大丈夫なのかよ?」
「ええ、今はもう大丈夫です。ちゃんと歩けますし、ユヅキさんにも助けてもらっていますから」
後ろから付いて来た俺を紹介してくれる。
「ユヅキって、その後ろの……って、人族じゃねえか! 最近町に人族がいるって噂には聞いていたが、てめえの事か」
「親方、ユヅキさんは人族だけど優しい人で、ほらほら目も赤くないでしょう」
「おう、そういえばそうだな。背中に黒い翼も生えてねえみたいだしな」
この町の獣人の人族への認識は、どうしていつもこうなんだ?
俺は怖くも何ともない一般人だ。俺より虎獣人のあんたの方が余程怖いんだがな。
「で、今日はなにか注文でもあんのか」
「ユヅキさんが親方に作ってほしい物があるんです。話を聞いてもらえますか」
「嬢ちゃんの知り合いだしな、まずはここで話を聞こう。物ができるできねえはその後だな」
「ええ、親方よろしくお願いします。それじゃユヅキさん、終わったらカリンの所に来てくださいね」
アイシャは毛皮の入ったカバンを持ってカリンの店へと向かう。
鍛冶屋の親方はカウンターの横、客対応のためのテーブルと椅子がある場所に俺を招いて、向かい合わせに座る。
「オレはエギルと言う。この工房を取り仕切っている。で、どんな物を作ってほしいんだ? 人族が昔使っていたような魔道具はオレには作れんぞ」
「大したものじゃない。鉄製の部品を数点作ってほしいだけだ」
俺は図面を机の上に置いて親方に説明していく。
「この穴の開いた曲がった鉄の板と、丸い部品だ」
「ほ~、あんたは図面が描けるのかい。だがこんな描き方は見たことがねえ。ちょっと説明してくれるかい」
俺は三角法で描かれた図面の説明をしていく。
「これは作る部品の正面と横、そして上から見た図だ。この3つの図が1つの部品を表している」
「するとこっちの丸い部品は、硬貨のような平たい部品ということか」
「そうだ。真ん中に穴を開けて、その穴に通す軸を作ってくれ。最後はこの図のように組み立てる」
各部品の図と、それを組み合わせて引き金の動作をする組立図を見てもらう。
「なるほど、これは分かりやすい図面だな。で、この部品の大きさはどれぐらいだ」
「この一番下にあるのが実際の大きさを書いたものだ。これに合わせてくれればいい」
「ほぉ~、思っていたより小さな部品だな。これでいったい何を作るつもりなんだ」
「俺専用の小型の弓だ。クロスボウというやつだが知っているか?」
「弓にこんな部品を使うのは聞いたことがねえな」
この世界では、弦を張った弓しか無いようで、金属部品は使わないらしい。
「だが、こうやって部品の図面を描いてくれるのは、ありがたい。オレ達が作った後で、これは違うとか言われるのが一番困るんでな。材質は普通の鋼でいいんだな」
「ああ、それでいい。焼く・水に入れる・焼く・冷ますもいらない」
「そんな事まで知っているのかい」
今回の部品は熱処理をして強度や柔軟性を持たせるほどでもない。その方が手間も掛からず、安くできるだろうしな。
後は木に穴を開ける工具と釘も頼んでおこう。
弟子らしき獣人が、何種類かの釘を張り付けた見本の板を持って工房から出てきた。
「オレのとこで作っている釘がこれだ。ちょっと大きさが違うが、これでいいか?」
「ああ、それでいい。それを10本頼む。値段だが、全部でどれくらいでできそうだ?」
「特注の品は割高になるが、部品も小さい。工具を合わせても銀貨12枚程度でできる。……が、タダにしてやってもいい」
「無料に? どういうことだ」
「この部品で作った、そのクロスなんとかと言う弓が完成したらオレに見せてくれねえか? あんたの作るものに興味が沸いてきた。職人として新しいものを知ることは大事なことなんでな」
なるほど、勉強のために金を払うという事だな。それならと、この鍛冶屋に部品の製作を頼むことにした。
「今日中にできるが……そうだな鐘5つの頃に来てくれればいい」
「鐘5つ?」
「時間も分からんのか? 猟師の嬢ちゃんに聞けば分かるさ」
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