第30話 矢じり
鍛冶屋を出てカリンの店へ行くと、アイシャは店の中でカリンとおしゃべりしていた。
「アイシャ、もう毛皮の取引は終わったのか」
「ええ。ユヅキさんは? 親方、作ってくれそう?」
「ああ、全部頼んできた。今日できるから鐘5つの頃に来いって言ってたけど、鐘5つっていつ頃だ?」
「え~! あんた、時間も知らないの? よくそれで生活できてるわね」
うるせ~ぞ、カリン。時間は知ってるが、こっちでの呼び方が分からんだけだ。
「あのね、ユヅキさん。朝日が昇る頃が鐘2つで、お昼ごろが鐘4つ、夕方が鐘6つなの。その中間が鐘3つと鐘5つ。町ではその時に鐘を鳴らすから鐘いくつって呼ぶのよ」
「アイシャの所じゃ鐘の音は聞こえないから、分かんないんでしょうけど。次はお昼の鐘4つだからその時に聞いておきなさいよ」
なるほど、朝日が昇る午前6時が鐘2つで3時間ごとに鐘が鳴る訳か。こちらだと1日を8時間で表すという事のようだな。
「季節によって朝日が昇る時間は違うだろう。どうしているんだ?」
「あんたバカなの。いつでも日は昇るし、お昼にはお日様は真上じゃん。その中間に鐘を鳴らすんだから、いつの季節でも一緒でしょ」
カリンそれは違うぞ。それだと、冬の1時間より夏の1時間の方が長いじゃないか。
この世界では太陽の動きで生活しているんだな。江戸時代の日本のようなものか。
1日24時間で働いていた俺らとは違って、のんびりしたリズムで生活ができているのかもしれんな。すると鐘5つは午後の3時という事だな。
「ユヅキさん。鐘5つまで時間があるし、矢じりを一緒に買いに行きましょう」
「ああ、そうだな。カリンすまんが買った食料品なんかは、店の奥に置かせてもらってもいいか?」
「ええ、いいわよ。私は配達に出かけてると思うけど、裏口から入ってくれていいから」
アイシャと一緒に矢じりを売っているという店に向かう。前に行った専門店街の方に行くみたいだな。
「あの鍛冶屋の親方は、お父さんの知り合いで、いつも良くしてもらっているの」
昔からの知り合いか。それで気安く接してくれていたんだな。
「工房も今は大きくなって他のお店に商品を卸しているけど、私が買う矢じりなんかは安く手に入るようにしてくれているのよ」
「なかなか、いい人のようだな。俺の頼んだ部品も無料で作ってくれるそうだ」
「ええっ、無料ですか?」
「ああ、でも俺が作っている小型の弓が完成したら見せてくれって条件付きだけどな」
「なるほど、あの親方ならそういう事を言いそうね。腕も良くって研究熱心なの。お父さんとも色々と話し合いながら作っていたわね」
狩りに使う罠などを、工夫しながら作っていたようだな。最近のアイシャは、父親の事を俺に話してくれるようになった。
前は家族のことを聞くと悲しい顔をしていたが、今は笑顔で思い出話をしてくれる。家族が亡くなることは悲しい事だが、徐々にでも心が癒えてくれればと思う。
――ガラン ゴロン ガラン ゴロン
「あっ、あれが鐘4つの音よ」
「なるほど、鐘が4回鳴って鐘4つという事だな」
「4回? あ~、鐘はいつもあの音よ。教会の塔の下に紐があって1回引くとガラン、ゴロンって鳴るから、いつも2回引っ張っているのよ」
小さい頃、教会にお世話になっていたアイシャも、シスターと一緒に鐘を引っ張った事があるそうだ。
「面白くって、もう一回って何回も紐を引っ張ってシスターを困らせていたわね」
目をキラキラさせ鐘の紐を引っ張るアイシャが目に浮かぶようだ。可愛かったんだろうな。そんなアイシャを抱きしめモフモフしてみたいと想像を膨らませていると、もう店に着いたようだ。
ここは武器と防具を売っている店か。看板に剣と鎧の絵が描かれている。2階建ての割と大きな店だな。
「すみません」
「はい。どちら様でしょうか」
「私、鍛冶屋のエギルさんの知人なのですが、矢じりを売ってもらいたくて」
「ああ、エギルさんの所の猟師さんですね、どうぞこちらへ。エギルさんにはいつも良い品を卸して頂いて、感謝しているんですよ」
出て来たのは、品の良さそうな猫族の店員さん。少し歳をとっているが武器の知識が豊富そうな人だ。
「矢じりはいくつ、ご入用ですか?」
「20個お願いします」
「エギルさんの価格だと、矢じり1つで銅貨3枚と銅銭5枚ですね」
「店員さん、俺は店の中を見させてもらってもいいか?」
「ええ、結構ですよ。支払いに少し時間がかかりますので」
矢じりは俺の分が6個入っているが、面倒な支払いは任せて店に飾ってある武器などを見せてもらおう。
「うお~、でかい剣だな。こっちは投てき用のナイフか、手裏剣は無いかな?」
こういうのを見ると男の子は目がキラキラしてしまう。俺が持っているショートソードと同じ片刃の剣はなかったがレイピアなど何種類もの珍しい武器があって楽しいぞ。
支払いの終わったアイシャが「もう、行くわよ」と言って俺の腕を引っ張っていたが、弓の前に来ると、「この弓、いいわね~」とか言って見惚れている。俺と同じじゃねえか。
「ほれ、行くぞ」
カリンの店に戻り荷物を持ち、これから鍛冶屋に行く。店にカリンはいなかったが、父親のトマスさんに挨拶して出てきた。
「少しややこしいけど、こっちが近道になるの。親方の所に着く頃には、ちょうどいい時間になると思うわ」
「そうだな、それから家に帰れば夕方前には充分間に合うな」
鍛冶屋に到着した頃にちょうど鐘5つの音が鳴り、店の中に入る。
「親方、いますか?」
「おう。嬢ちゃんとあんただな。部品はできてるぜ。見てくれ」
俺はできた部品を手に取り、形や組み立てた時の動きなどを確かめる。
「これは、いい出来だな。注文した通りだ」
「おう。そりゃ良かった。じゃあ持っていきな。それと品質は落ちるが、弟子が作った矢じりもおまけで付けといた。練習用に使いな」
「おお、ありがとう」
俺は部品と矢じりを鞄に入れて鍛冶屋を後にする。今日はいい買い物ができたと口元が緩んでしまった。
「この部品でうまく動いてくれるといいんだがな」
「そうね。私もなんだか完成するのが楽しみになってきたわ。そういえば新しい矢も作らないといけないのよね」
「そうだな。今のアイシャが使っている矢の半分の長さでいいんだがな」
「そうなんだ。じゃあ、まずはカエルを捕まえないとね」
ニコニコしながら話しているが、なぜカエル捕りなのかよく分からないまま家へと帰って行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます