第24話 アイシャと狩り

「ユヅキさん、左をお願い」

「分かった。追い込んでくれ」


 俺はアイシャと一緒に狩りをしている。アイシャはまだ走れないが、俺がその代わりをする。

 弓の射程まで獲物を追い立てたり、手負いの獲物に止めを刺すのが役目だ。ふたりでなら小さな鹿程度を狩ることができるようになってきた。

 言葉も片言なら何とか話せるし、アイシャも合図程度なら日本語を理解してくれる。


「アイシャ、ウサギ・ 狩る? 家・ 帰る?」

「そうね、今日はもう家に戻りましょうか」


 今日は鹿が1頭と兎を3匹狩ることができたし、狩りを終えて帰るようだ。家では狩った鹿の下処理もあるし、その時間も考えているんだろう。


「鹿・ 洗い場行く・ アイシャ・ 休め」

「ありがとう、ユヅキさん」


 俺は鹿の血抜きをするため、狩った獲物を洗い場奥の地下水脈に放り込む。こんな作業にも慣れてきた。

 アイシャとの狩りは2日間。毛皮の加工などに1日、次の日は休みというローテーションで行なっている。


 この世界の一週間は8日間。アイシャは3日働いて1日休むパターンで生活しているそうだ。とはいえ狩りが不調なら休みを返上して狩りをすることになる。

 カリンなど商売をしている人は、7日働いて1日休むパターンが多いと聞いた。

 前世で俺は26日間1日も休めなかったこともあったな……。それに比べたら、この世界はホワイトだな~。


「アイシャ、足をさすろうか?」

「うん、お願い」


 アイシャの足の怪我はまだ完治していない。捻挫した足首も外に出るときは固定している。今はリハビリを行なっている最中だ。


 部屋着に着替えたアイシャをベッドに寝かせて足をマッサージしていく。

 リラックスして気持ちいいのかシッポもだらんと垂れ下がっている。シッポはモフモフで手触りがいいし、最近は足の肉球も触らせてもらえるようになった。


「アンッ、そこはダメだって」


 プニプニのモフモフである。


 光の治癒魔法も覚えた。4属性を一度に発現させると光が出る。それを傷と足首に当てると治りが早まるそうだ。俺の未熟な魔法では気休め程度だろうがな。

 熟練の魔術師でもゲームのヒールみたいに、怪我がすぐに治る訳じゃないそうだ。しかし、治癒効果はあるようで薬代わりに使うらしい。魔法様様だな。


 俺も魔法に慣れて威力が増しているが、獣を倒す程ではない。しかしかまどの火熾しは魔法でできるようになったので、これは便利である。



「ユヅキさん、明日カリンのお店に行こうと思うの。町・カリン・行く・塩ない」


 アイシャが分かりやすく言ってくれる。


「足は大丈夫か?」


 うんうん、と言っているようでリハビリも兼ねて町まで行くようだ。獣の居る危険な山道だが、危なくなれば俺が背負えばいい。



 夕食の後は、いつもの勉強会だ。

 明日町に行くので、町で使うお金について教えてもらう。アイシャがお金の入った革袋を取り出して、実物のお金を使って教えてくれる。


「これが、銅銭」


 前に見た硬貨は丸かったが、これは小さくて四角い。何か草の模様が彫ってあるな。


「これが、銅貨。銅銭10枚で銅貨1枚になるの」


 銅銭を10枚並べて、丸い銅貨を1枚置いた。銅銭1枚がどの程度の価値になるかは分からないが、小銭感覚のお金のようだ。


「次に銀貨。これは銅貨10枚分だけど今は8枚しかないわね」


 銅貨を8枚並べて空白を開けて、銀貨を1枚置いた。こちらも10対1か。


 前にカリンの店でイノシシの牙を銀貨8枚と交換した。持って行った6枚の毛皮も十数枚の銀貨になったはずだ。

 商品価値が前の世界とはずいぶん違うから一概に言えんが、銀貨1枚が千円から数千円程度のようだ。こちらでは植物由来の布製品は高価で、動物由来の毛皮の方が安い。


 狩りをしていても、ウサギ程度なら罠によく引っ掛かっている。鹿も林の中で群れを成しているからな、供給量は多いのだろう。

 なんにしても通常はこの銀貨で取引するようだ。


「この上は?」と聞くと、

「△※、☆☆※◇◇※」


 アイシャが説明してくれているがよく分からなかった。多分金貨とか別の硬貨があるみたいだが、今は手持ちが無いようだ。

 でも銀貨が沢山と言っているようなので、50倍とか100倍とかの開きがあるようだな。


「明日は、この毛皮を持って行って換金するね」


 なめしたウサギの毛皮を用意していたので、それならとイノシシの牙も持ってきてアイシャに渡す。


「これいいの? それじゃあ一緒に換金してもらいましょう」



 翌朝。朝食を食べた後、すぐ町に向かう。

 アイシャは走ることができない。魔の森に比べれば危険の少ないカウスの林でも獰猛な獣はいる。


 アイシャは弓、俺はショートソードとナイフを腰に差し、毛皮などを入れた鞄を持って、警戒しながら林の小道を歩いていく。

 曲がりくねった道で見通しが悪いが、通い慣れたアイシャには気配などで危険がないか分かるようだ。


「ここは止まって」とか「急いで歩こう」とか指示してくれる。


 前に大イノシシと遭遇した所には、真っ二つになったイノシシの骨だけが林の中に残っていた。

 あの時は危なかった。今もう一度戦って確実に倒せる自信はないが、アイシャのためなら戦う覚悟はできている。

 早く見つけて回避してくれるに越したことはないのだが。


 山を降り、田園風景が広がっている街道まで来た。町まではもう少しだ。


「この辺りはのんびりしていて、いい所だな~」

「そうね。でも魔の森から魔獣が出て来ることもあるそうよ」


 お互い言葉全ては分からないが、雰囲気で何となく言っていることは分かるようになってきている。お互いの言葉で会話しながら街道を進んで行く。


 町の城門に無事たどり着くと、俺を見た門番さんが怯えたような顔をしていたが、アイシャが通行料を払うと何も言わず通してくれた。

 俺は怖くないからね。あんたらの隊長さんの熊獣人の方が余程怖い。何はともあれカリンの店に向かって歩みを進める。

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