第23話 よく切れるナイフ

 カリンが帰った後、この家も静かになった。平常運転ではあるが、アイシャは少し寂しく思っているんじゃないかな。

 そんなアイシャのため俺にできる事はないかと考えて、今俺は、アイシャ用のくしを作っている最中だ。これは俺の訓練でもある。


 女神様からもらったサバイバルナイフ。今は食材の肉などを切る包丁か、包帯を作るカッターナイフ替わりだが、たぶん武器としても使える代物だ。

 前世でろくに包丁も握った事のない俺が、このナイフを振り回し獣を相手にするには、まだまだ無理がある。いざという時のため扱いに慣れておいて損はない。


 このサバイバルナイフ、刃の部分は黒く20cmぐらいの刃渡りで、先端は鋭く尖っている。背の部分にギザギザは無く、厚みのある包丁のようにも見える。重量感のある丈夫な物だが意外と軽い。普通の金属ではないのだろうな。


 よく切れるこのナイフなら、アイシャにふさわしい美しい櫛が作れるはずだ。これでアイシャのしっぽをモフモフにしてあげるぞ~。

 モチベーションも最高だぜ。


 デザインは持ち手のある物だが、ペット用のブラシみたいに針が沢山付いた物は作れんだろうな。昔風の平らな木から作る、1列に歯が並ぶ櫛なら俺にも作れる。


 薪の切れ端で手頃なものを見つけて切り出していく。櫛の背の部分は、触り心地がいいように曲線を描き削っていく。

 このナイフはよく切れる。その分、手を怪我すると大変なことになるので慎重に、慎重に。

 大体の形はできたが、櫛の歯の部分が難しいな。細い切れ込みを何本も入れていかないといけない。俺は職人じゃないし専用の工具も無い。


 このナイフ1本で作る訳だが、手に握ったナイフを眺めていると、ふとこれも剣と同じように唸るのか? と疑問に思った。

 ショートソードは握りを両手で強く握るとブゥ~ンと唸る。朝の鍛錬でも試したが確かに唸るが、どんな効果があるのかよく分からない。


「でもそれでサーベルタイガーは逃げ出したしな」


 獣を怯えさせたり近づけない効果だろうか。このナイフも女神様からもらった物だ、同じ能力があるかもしれない。


「試してみるか」


 ナイフの柄をギュ~と力一杯握ると、ナイフが唸りだした。ショートソードに比べ小さな音だが確かに唸っている。手を緩めると静かになる。

 相当意識して握らないと唸らないが、やり方は剣と同じだ。

 ナイフとしての威力はどうだ? 家では危険かもしれんな、外で試してみるか。


 近くの木の幹を普通に切ると傷がつく。深さ2、3cmというところか。軽い力でこれだけ切れれば上等な部類だろう。

 次に刃を木に押し当ててナイフを強く握る。


 ――ブゥ~ン


 抵抗なくナイフの刃が木の反対側まですり抜けた。

 直径30cmぐらいある木の幹の半分以上が切断され、手で押すとバキバキと音を立てて木が倒れる。


「いやいや、おかしいだろう!」


 よく切れるナイフではあるが、これは異常だ。

 ナイフの先端を木に突き当てて強く握ると、ナイフの刃が全て木の中にめり込む。慌てて引っこ抜くとナイフの形の穴が開いていた。


 魔法か!? いや違う!


 急ぎ家の中に入り、水瓶の水にナイフの先端を入れて強く握ると、水面に波紋が広がる。やはりナイフ自体が振動している。

 これは、超音波振動だ! 鋼だろうがカーボンファイバーだろうが切り裂いちまう。ナイフの取り扱いを誤ると自分の手も簡単に切断だ。


「あの女神、なんて物を渡してきやがったんだ」


 こいつは封印か? いや、いや。これはチートレベルの武器であることに変わりはない。なんとか使いこなせば、この世界で生きるすべが見つかるかもしれないぞ。


 まず振動のオンとオフをうまく使いこなさないと危険だな。切って血が出ちゃったじゃ済まないレベルだからな。

 ナイフの柄を親指と人差し指で思いっきり握る。振動しない。次に中指も握る。振動しない。


 結局小指以外の4本か5本の指全部で握り込んだ時だけ振動するようだ。力を抜くと振動もすぐ止まるので、切る瞬間だけ力を入れる感じだな。


 そうだった、ナイフの練習のために櫛を作るんだったな。だが家だと台にしているテーブルまで切っちまう。

 外に出て岩の上に作りかけの櫛を置く。

 櫛の部分は細い筋を何本も入れなくてはいけない。これを超音波振動を使って作ってみよう。


 切り込みを入れる長さだけナイフを押し当て、柄だけに力を入れる。刃が通り抜け綺麗に切れている。

 紙に線を書いているように、何の感触もなくスーと切れていく。気持ち悪い程の切れ味だ。櫛どころか台にしている下の岩まで削れているぞ! スゲーな。

 振動のオンとオフを何度も繰り返し使って感覚を覚える。


 今度はナイフを普通の状態にしたまま、櫛の柄の部分を仕上げていく。手触りがいいように滑らかに削る。このぐらいの力では振動は起こらない。

 櫛本体の部分もシッポの毛を傷つけないように丸く滑らかに、一本一本仕上げていく。


 細かい作業だが同じことを繰り返すことで、ナイフの扱いが上手くなっていく。

 櫛が完成する頃には、扱いが感覚的に分かってきた。これなら使いこなせそうだな。


 日が傾いて、そろそろ夕食の準備をしないと。その前に。


「アイシャ~、シッポ貸して~。モフモフにしてあげる」


 今日も平和な一日が過ぎる。

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