第25話 良く切れる剣

 カリンの店と俺は言っているが、正式には父親の『トマス商店』というらしい。卸売業で、主に業務用の食料や毛皮などを兵舎の大口や、靴や服に加工する小売店に売っているそうだ。

 家族経営していて、カリンはその内のひとりということになる。


「トマスおじさん、いますか?」

「あら、アイシャじゃない。いま父さんは仕入れに出てて私が店番なの」


 カリンが店の奥から出て来た。


「げっ! なんであんたがいるのよ」


 げっ! じゃね~よ。いちゃ悪いかよ。相変わらずだな、こいつは。


「足はもう大丈夫なの?」

「うん、歩けるぐらいには回復したわ」

「今日はこれの買取をしてもらって、小麦粉や塩など食材を買いに来たの」

「いいわよ。じゃあ、見せて」


 持ってきたウサギの毛皮8枚と、大イノシシの牙をカウンターに並べていく。

 カリンは並べた品物の前にお金を置いていく。牙に銀貨8枚、前と同じだな。


 毛皮1枚に銀貨2枚と銅貨5枚を置く。次の毛皮にも銀貨2枚と銅貨5枚を置いていく。前もこんな風に物々交換のようにお金を置いて取引してたな。まどろっこしくないか?


「全部で銀貨、28枚だろう」


 計算しろよ、商人の娘だろ。


「何言ってんのよ! こうやって並べないと分からなくなるでしょう!」


 並べた銅貨10枚と銀貨を交換して、こちらに見せる。


「あれ、銀貨28枚ね。合ってるわ」


 アイシャも驚いてこちらを見てる。えっ。計算したらダメなのか? 昨日教えてもらったお金の数え方なら、簡単に計算できると思うんだが。


「あのね、あのね、カリン。小麦1袋と豆2袋。塩を1袋とそこの野菜1カゴを頂戴」


 あっけに取られているカリンにアイシャが注文をする。俺は革袋からお金を取り出してカウンターに置く。


「全部で銀貨22枚と銅貨3枚だ」

「ちょっと待ちなさいよ。銀貨を銅貨10枚にして……合ってるわね。なんで分かるのよ。こんなの貴族学院出てないとできないでしょう!」


 カリンが何か訳の分からんことを言って怒っているが、放っておいて商品を鞄の中に詰め込んでいく。ここでの買い出しも終わったし、店を出ようとしたときカリンに声を掛けられた。


「ねえ、アイシャ。今日は泊まっていかないの? 父さんたち仕入れで居ないから、部屋空いてるわよ」

「そうね。じゃあお言葉に甘えて、泊まっていきましょうか。ユヅキさん、今日・ ここで・ 寝る」


 今日は泊まるようだな。足のためにもその方がいいか。俺が鞄と荷物を降ろしていると、店の裏の方でガタゴトと音がした。


「あれ、父さんたち帰って来たんだ。まだ昼前なのに、おかしいな」


 カリンが店の裏手の方に走っていく。


「アイシャ、ごめんね。今日は泊まれないみたいなの」


 アイシャに話を聞くと、隣町までの街道に大きな岩が崖から落ちてきて通れなくなっているそうだ。

 兵隊さん達が岩をどけるまでに、2、3日かかるそうで困っていると言っている。今日泊まれないと聞いて、アイシャも少しがっかりしているな。


 岩か~。この剣で何とかならないか? ナイフで岩が削れることは分かっている。この剣の超音波振動で岩を破砕する事は可能かもしれない。


 前の世界でコンクリートや道路のアスファルトを壊すのに、振動させた機械を使っていた。道路工事のドドドドドというやつだ。名前は知らんが見かけることはよくあった。


「できるか分からんが、一度見に行ってみるか」


 街道は一本道だし、それほど遠くもないようなので、行ってみるとアイシャに伝える。心配するアイシャも一緒に行きたそうにしていたが、足が悪いのに歩かせるわけにはいかない。ひとりで行くと言うと、


「兄さんが、荷馬車で送ってくれるって」


 カリンが話をつけてくれたようで、店の裏手で待っていたカリンのお兄さんの所まで連れて行ってくれた。


「あなたが手伝ってくれるなら、岩を何とかできるかもしれないね。さあ、乗ってくれるかい」


 挨拶して荷馬車に乗せてもらい、町の反対側の門を出て街道を走っていく。


「この前はカリンの怪我の治療をしてもらって、ありがとう。カリンも、口では色々言ってるけど、あなたには感謝しているみたいですよ」


 お兄さんは笑いながら話してくれている。難しい単語が多くよく分からないが、お礼を言っているようだ。


 しばらくして街道を塞ぐ岩のところまでやって来た。道の片側は山に続く急こう配で、もう一方は湖に続く崖だ。

 狭い街道に人の背丈を超える岩が道を塞いでいる。


 確かにこれを退けるには2、3人では無理だな。破砕できれば人が手で運び出すこともできるからな。

 危ないのでカリンのお兄さんには離れた場所にいてもらう。


 上から叩いてみるかと、ショートソードを剣道で言うところの上段に構えて柄をギュッと握る。


 ――ブゥ~ン


 剣道の面を打つように、岩に剣を叩きつける。

 

 なに! 岩が斬れた??

 真っ二つに斬った岩の半分が滑り落ち、湖に落ちていく。


「なんてこった!」


 我が目を疑うが、残った岩の切断面はツルツルになっている。この剣で斬ったことは間違いないようだ。もう一度、柄をギュッと握って剣を横にして斬りつける。


 ゆっくりと岩がずれていき、バランスを崩した上下二つの岩が湖へと転がり落ちていった。

 後ろにいたカリンのお兄さんも、何が起こったのか訳が分からないといった様子でこちらに近づいてきた。街道の反対側で立ち往生して困っていた人達もこちらに歩いてくる。


「あんた冒険者かい、すごいな。通れなくて困ってたんだ。助かったよ」


 まだ街道に残っていた小さな岩を、その人達と協力して崖の下へと落とす。道にあった岩を全て退けて、馬車が通れるようにしてから町に戻った。



「ユヅキさん、どうでしたか?」

「いや~、すごかったよ。この人が岩を斬って崖下に落としたんだ」

「岩を斬る? 兄さん、何バカ言ってるのよ」

「それがね……。あっ、父さん街道通れるようになったから、今から仕入れに行こうか」

「おっ、そりゃいい。今からならまだ約束の時間に間に合うな、カリン後は頼んだぞ」


 カリンの親子は仕入れのため、急いで馬車に乗り出かけて行った。


「まあいいわ。アイシャ、2階のいつもの部屋を使って」

「ユヅキの部屋はちょっと用意するから待ってて」


 俺とアイシャは今日ここで泊まれるらしい。カリンとおしゃべりができるとアイシャも嬉しそうだ。

 何はともあれ良かった、良かった。

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