第2話 やけ酒とメアリ

「エドワード殿、改めて伺いますが、我々の軍事基地が襲撃を受けて半壊した事件にシーズ領は無関係であると言うことですか?」

「何度も申し上げていますけれど、無関係です。そもそも、あの基地を半刻で半壊出来るような戦力はうちにはありませんよ。それは自治皇領全体で見ても変わらないでしょうけれど……」


 ループし続ける押し問答を繰り返してすでに数刻。キース・ジャレット一佐と名乗る帝国基地所属の軍人が、昼前にシーズ領の領主館に押しかけてきてからもう数刻。領主である僕は繰り返されるやり取りに腹を立てる段階も通り過ぎて、もはや諦めにちかい空虚な感情に支配されていた。


「わかりました。状況証拠からみてもシーズ領は無関係の可能性が高いでしょうし、目撃証言や遺留物からみても、おそらく新たに召喚された勇者による犯行であるものと考えています。当該勇者は帝国軍シーズ基地襲撃事件実行犯として引き続き我々で捜査をしますので、そちらの手出しは無用です。新たな目撃証言などがあれば、急ぎ基地まで申し出るように。それでは失礼」


 キース一佐は、唐突に任意の聞き取りという名の尋問を打ち切り、見送りの案内も振り切ってとっとと帰っていった。捜査に手出し? しないよ。


「ていうか勇者なんて危ないもの自分から触りにいくわけないだろ……アイツなんなのほんと……」


 勇者に振り回されるのはもうすでにお腹いっぱいです。政治問題はさあ、本当に体に悪いんだよ……。


「また勇者か……」

「左葉でございますね」

 ため息まじりに若様がつぶやくと、執事のオリバーが慇懃に答える。

 ここはリーフ自治皇領の北の端、穏やかな気候とのんびりした海沿いのリゾートが取り柄のシーズの土地。先程からため息が止まらない若様は、シーズの若領主でエドワード・シーズ。御年二十三歳。若様の隣に控えるのはラインの入ったロマンスグレーを淡く輝かせる、シーズ家の執事オリバー。

 シーズ領を悩ませているのは、異世界から訪れる勇者だった。




「……って言うことがあってさ~。そんなに立て続けに来られても困るんだよね。ほんと、勇者やんなっちゃうよ」

「ご無沙汰だったのは、お忙しかったからなのね。若様、お疲れ様ですぅ」

「そーなのよ。でもやっと一段落したし、ここにも来られるってわけ」

「ゆっくりしていってくださいね。あら、お酒がもうないわ。私ったら気が付かなくてごめんなさぁい。もう少しお呑みになります?」

「あ、そうだね」


 ここは海の近くにある料理屋のヨージン亭。料理屋とはいっても、個室で美味いものを頂くことができて、酌係があれこれ世話をしてくれる高級店である。一応僕はこの土地の領主なので、そのくらいの余裕はある。むしろ最近は気安く市中の店に飛び込むのは安全上宜しくないというか警備がめんどくさいからと、オリバーに止められている。こんな片田舎で警備もクソもないと言うのに。逆にけしからん美女がお酌をしてくれるけしからん店は問題ないのかとも思うが、何も言ってこないってことはまあ問題ないんだろ。多分。

 そして僕の隣で新しい酒を用意してくれているのが、酌係の娘メアリ。ヨージン亭の酌係の中でも一番人気の看板娘。というか通い詰めて一番人気にしているのは僕という気もしないでもない。推しは推せるときに推さねば。いつだかに召喚された勇者が残した言葉だと言う。けだし名言かな。


「それにしたって、近頃勇者が多いですわぁ」

「あー、やっぱそう思う?」

「若様は最近来る度に勇者の事で悩んでいるじゃない」

「言われてみれば、そうだ」

「それに、色んな所でよく聞くの。今度はあそこの村が勇者にやられた。今日はあそこの店で勇者が暴れたらしい、みたいな噂話」

「あいつ等、暴れるのが存在意義みたいなところあるからな」

「困っちゃうわねぇ」


 先週僕が帝国軍人にド詰めされたのも、勇者がイケーゴの帝国軍事基地にいきなり現れて破壊して回ったせいだ。よりにもよって軍事基地で暴れるとか阿呆の極みなんだが、それが勇者というものらしい。そしてこれは我が領にとっても非常に大きな問題で、シーズ領が属するリーフ自治皇領は、帝国の属国という立ち位置にある。皇を頂く自治領という、一見すると意味のわからない状態にも、涙なくしては語れない大長編の物語があるのだけれど、そんな事をすると100万字でも到底語れないし、今日は関係ないからあっさりと割愛する。

 大事なことは、帝国から見た場合に、(帝国は「融和合併」と言ってはいるが)軍事制圧した属国に作った軍事基地で、基地が半壊するテロ行為が行われた訳だ。自治領の反乱なのか、いやそれを装った第三国による侵攻なのか、蜂の巣をひっくり返した大騒ぎになった。

 不幸中の幸いとしては、犯人の戦力が高すぎたことだろう。半刻で基地を半壊させるなんて離れ業は、勇者の中でも相当な火力の持ち主でないとできない。当然うちの領地にそんなことが出来る存在はいない。自治領全体を見渡してもいない。あるとすれば、僕らが勇者を手なづけて、帝国にけしかけるというケースなんだけど、それをする動機もあんまりないのだ。


 帝国軍事基地を襲った犯人は未だに逃走中。軍事基地の再建のためにうちの領地からも人手を出さなければならず、今年の畑仕事に支障が出ていると領民からの苦情が出ている。そして調査と名乗って帝国軍人が領内の各所に出没しては領民を怖がらせている。


「若様、本当に気をつけてね?」

「ん? どゆこと?」

「だっていくらなんでも勇者の出現多すぎよぉ。今月だけでも3回でしょう? 他の領地の友達に聞いたけど、普通は年1回とか現れたらいいところなんですって」


 ため息交じりのメアリに対し、それまでふやけた顔をしていたエドワードが真顔になる。


「メアリ……君は……」

「えっ……なに……若様どうしたの?」


 普段ゆるい雰囲気、いやむしろゆるい雰囲気以外出せないような若様が真面目な顔をしている。これは何がおきるのか、いやもしくは何かまずいことをしたのか。メアリは焦りの含んだ表情で酌をした男に問いかけた。


「おいおいおいメアリまさか君そんなに物知りだったのか~! え~! すごいんだけどーーー!! 可愛くって美しくってその上賢いだなんて傾国の美女ってやつじゃんーー!!」

「若様……それって傾国の美女って言うんでしたっけ……」

 褒めているのか、貶しているのか。いやこの男の正確ならば褒めているのだろうが、酔いのせいかもともとも能天気なのか。なんとも反応にこまる持ち上げ方だった。


「よーーし! 若様今日は新しいボトル入れちゃうぞーーー! メアリメアリ! どれにしよっか!」

「う、うーん……気持ちは嬉しいけれど、今日はもうお酒は終わりにしたほうがいいんじゃないかしら……」

 客に呑ませてナンボの商売ではあるけれど、ここは田舎のリゾート地なのだ。都会のように客を潰すような呑ませ方はしてはいけないのだ。程々に長く、なんなら寝床が墓石になるちょっと前くらいまでコツコツ通ってくれる方がいい。普段よりもさらに陽気になっている常連客、しかも田舎とはいえこの領地の領主を見ながら、メアリはこの店で働き始めるときにオーナーに言われた言葉を思い出していた。

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