第四十九章『若人の空騒ぎ』
よく考えたらハロウィンというのは実に異質なイベントかもしれない。
「来須君、終わりましたか?」
「いや、まだだ。着慣れなくてな」
当たり前だろう。仮装なんてする機会が無い。
「おい、こんなの恥ずかしくないのか?」
「来須君のはかなりマイルドな方ですよ。僕なんか吸血鬼ですよ」
「ミイラのどこがマイルドなんだよ」
確かに包帯取れば普通の人間になるくらいの雑な仮装だし、他よりマシかもしれん。
「お待たせしましたー!」
「おい、これなんか人間じゃねぇか」
但馬は牧師だった。あれ、ハロウィンって怪物を装うのでは?
「まあ、細かい事は気にせずに」
何もかも雑か。
「ん?小田桐先輩はどうした?」
「あー……先輩ならそこに」
「ぐっ……」
始まる前から力尽きそうだった。変てこな装いへの羞恥心と人混みのダブルパンチにノックアウトされたのだろう。
しかし、その動きは正に仮装通りである。
「ゾンビですね……」
「ゾンビだな……」
「ゾンビです……」
姿を似せることによって、より怖さが際立つ。
「あまり夜外に出たくなかったんだがな」
「そうですね。夜道は危ないですから」
「俺はそれより人混みが……」
「小田桐先輩、しっかりして下さーい!」
不夜城のような大都会の街は落日を見送った後もより一層活気づく。
「すみません、遅くなりましたー‼」
先に来たのは神楽、石見、白河である。
「どう、でしょう……?」
折れ曲がった尖がり帽子に暗い紫のローブ、そして象徴たる怪しげな杖。
即ち魔女である。
「どうです?可愛いでしょう」
修道服の神楽が小鼻を蠢かせ解説する。
多分全部美海先輩がやったんだと思うが。
「それより、お前のそれは何だ?」
「ああ、これですか?星先輩が絶対似合うと太鼓判を押していたので、着てみました!」
確かに高校生とは思えないぐらいピッタリだ。
二次元から引っ張り出してきたみたいだな。
センスがあるんだか、ないんだか。
そして神楽の奥でうろうろしているのが幽霊に扮した白河。
白装束に
「菓子を出せくれねば呪うぞ恨めしや……」
和と洋がごっちゃになったようだ。
こいつも凄く嵌まっている。更に存在感が薄くなったような。
「来須さん、ミイラというよりただの不審者ですね……」
「それを指摘するな。気にしないようにしてたんだろうが」
おまけに凄く動きづらい。もしかして外れか?
「お待たせ~!」
ボロ布を被って骸骨の面を付けた部長が先導してくる。
「部長、何のコスプレですか?それ」
「これかい?フフフ……何を隠そう、死神なのだよ」
「なんでまた……?」
「いや~可愛いのを着るのは気が引けるし、皆と被らないようにしてたら、とどのつまりこうなっちゃって!」
なら、俺のこれと代わってくれないかな……
みすぼらしさや妖しさは格段に上がるが、機動性は良くなるし。
「更に鎌もついてたんだー」
「そうなんですか……」
神楽が愛想笑いをしながら、受け流す。
「あ、堺さん」
「何かこれ、変じゃない……?」
白い着物?これって仮装なのか?
「堺さんそれ何の仮装ですか?」
神楽が代弁するように尋ねる。
「雪女らしいですよ?」
堺の影から出たそいつはこれまた変な被り物をしていた。
「えっ、南瓜⁉」
「柳か……」
「ピンポーン、大正解でーす‼」
すぽっと南瓜を外すとあら不思議、柳なのである。
「南瓜ってまさか——」
「——そう、ジャック……ザ・リッパーです!」
「オ・ランタンだろ……」
ジャックってだけでホワイトチャペルの殺人鬼と間違えるか?
「そう、我が名はジャック・オ・ランタン!」
相変わらず騒がしい。まあ周囲もどんちゃん騒ぎだから気にならんと思うが。
「というか、それって仮装するものなの?」
「さあ……よく解りませんが、ノープロブレムかと」
「雑か」と何度ツッコめばいいのかと存在自体が雑なハロウィンに悪態をつく。
羽織ったマントを揺らしながら見せびらかす柳を呆れ顔で眺めていたら、傍らにもう一人の気配。
「やあ、不審者君」
「それ地味に傷つくのでやめて下さい」
美海先輩が含み笑いをする。他の部員の仮装に力を入れていたからか、本人は普通の恰好だ。
「あ、私の分用意するの忘れた……!」
「駄目なんですか?寧ろ着ない方が身の為だと思うんですけど」
「途轍もない疎外感が……」
「あ~……そういうことですか」
それなら痛いほど分かる。この人にもそういうことに敏感になるような体験があったんだろうか。
そんな中、部長が思い出したように口を開いた。
「あ、確かまだ一着あったよ!何の服か忘れたけど」
「忘れたんですね……」
「まあ、いいよ。取り敢えず行ってくる!」
「じゃあ、私が連れて行くから来須君はここに居ていいからー!」
「は、はぁ……」
忍者みたいに速い。人混みを物ともしない速度と機動力。
「あれ、部長と美海先輩はどうしたんです?」
「美海先輩が仮装し忘れたから、取りに行くって言ってたな」
「えっと……そうですか」
ん?何だこの気の毒そうな顔。
「どうした?」
「いえ、何でも……」
神楽は目を逸らした。
「なあ、神楽……俺たちは幻覚でも見ているのか?」
「いいえ、恐らく現実かと……」
「何か変じゃない……⁉」
「そうかな……まあ、いいや!」
部長は違和感すら抱かないようだし。
えーっと、簡潔に状況を説明するとゴシック・アンド・ロリータを着ている、で正しいのか?
しかも服だけが異様すぎる所為で違和感は更に加速していくのである。
「うぅぅぅ……」
流石の先輩でも恥ずかしいようだ。なら何故着てきたのやら。
「どうしたの皆?早く行くよ!」
「待って、ユッキー‼」
顔から火が出そうになりながら、部長に付いていく。
「私たちも戻りましょう。皆さんあっちで休んでいるようですし」
「ああ、この人混みの中を横断出来たらな」
はぁ、歩きづらい。
☆
「もうそろそろ受験だな……」
「何を格好つけてるの?小田桐君」
「まあ、隆一郎もそういうお年頃なんだよ」
西日の当たる教室の窓辺。
三つの影が次第に伸びていく。
「隆一郎はもう決めてるの?」
「ああ、一応な」
「由希は?」
「私はまだ……星は?」
「私も大体決まってるかな」
「え~私も早く目星をつけた方がいいのかな……」
「焦らなくていいんじゃない?じっくりじっくり」
「美海みたいに悠長過ぎるとあれだが……俺も大体同じ意見だ」
「うん……そうだね!じゃあ、私先に行ってるから!」
「単純な奴だな」
「いいんじゃない?そういう所があの子の長所なんだし」
「長所も短所も自分次第ってことか」
「そういうこと!」
「さ、私たちも追いかけないと!」
「おい、押すな!」
「レッツラゴー‼」
「暇ですね~」
あれから何ということもなく、霜月の半ば。
三年は忙しくなってきたらしく、最近参加頻度が少なくなってきている。
でも元が異常だったんだと思う。運動部でもないのにほぼ毎日集まって。
意欲的というより、反復される中で体がプログラムを記憶し、自動的に行くようになっていた。
そして今は暇を持て余し放浪した挙句、柳に拘束されているのである。
「やっぱり大変なんですかね、受験って」
「お前なぁ……中学の時にやってるだろ」
「それはそうなんですけど。何か全然違うと思うんですよ」
「というと?」
「高校選びなんて一部を除いて案外皆適当に選んでますよね」
全国の学生を敵に回しているような気がしなくもないが、俺も同じような考え方だったりする。
「でも大学は『自分の学びたいことを選ぶ』とか、『将来に役立てる』とかじゃないですか」
「……」
俺は黙り込んでしまった。
何故行き成りこんな真面目な話になったのかは分からないが、柳の言いたいことは何となく予想がつく。
どうしようもなくなったその空気に遠慮なく割り込むのはきっと一人しかいない。
「こんな所で何をしているんだね?」
「生徒会長?」
「何か用ですか?」
「別に何も。それとも用が無くては話しかけてはいけないのか?」
「いえ、そういう訳ではないですけど」
「なら、何ら問題はあるまい」
「は、はぁ……」
「もう生徒会長でもなくなったのでな」
「ああ、そういえばそうですね」
「となると……何とお呼びすればいいんでしょう?」
「では……任せる、来須零士」
「はい?」
「恍けるな、私の呼称だ」
何か罠でも張っているのだろうか。ならば、普通に答えるまでだ。
「東先輩」
「つまらん。二周回ってマイナス三十一点だ」
スコアはどうでもいいです。
それにしても、この人は何がしたいんだか。
「ところで、東先輩は何でこんな所に?」
もうその呼称でいいのかよ。
「会長の役目を終えてから退屈でな」
「勉強はしないんですか?」
「別に必要ないな、これでも私は優等生なんだ」
優等生の定義って何だっけ。
「じゃあ遊ぶとか」
「生憎と私にそんな友人は存在しないな」
あれ、地雷踏んだか?
「生徒会の皆さんは?」
「彼らは単なる手ご——じゃなく、仕事仲間だったからな」
今フリーズドライな単語が聞こえた気がするが……
「じゃあ、私たちの仲間にしてあげましょう!」
犬に
「それは有り難いな。暇潰しになりそうだ」
RPGみたいな打ち解け方でいいのだろうか。
柳と東先輩が握手しているのを眺めていると、何とも不思議な気分だった。
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