第四十八章『秋の足音』
予想通りなのが何とも嘆かわしい。
ここに来るのはもう二回目か。
「矢張り来たか」
「矢張りって……強制でしたよね」
「いや、そんな筈はない。彼女からは任意同行だと聞いているが」
一周回って尊敬する。どうしたらそんな真っ赤な嘘を堂々とつけるのかと。
何処の世界線でこれが任意同行になるのか教えてもらいたい。
事情を告げてくれれば——来なかったな。会長怖いし。
俺が一瞥すると、笑って誤魔化す。「てへぺろ」って感じか?幾ら何でも時代遅れ過ぎるな、そのアフレコ。
「では、私は用があるので失礼します!」
「おい、ま——」
逃げやがった。盗賊の類か、あいつは。
密室、じゃないが二人きりというのは些かまずい。
このドキドキはきっとピンク色のではなく、猛者と対峙しているという恐怖に違いない。
強者というのも役不足か。皇帝とでもしておこうか。
「先ずはもう一度謝罪しておくとしよう。この前は茶番に付き合わせて悪かったな」
「あーその件はもういいですから」
何だろう、謝られてるのにこっちが頭を下げてしまいそうな強圧は。
その厳めしさ衰えることなし。
「これからは友好的な関係を築くとしよう」
「は、はあ……」
協力、でもなく同盟でもない感じがするのは俺だけだろうか。そのうち生徒会に吸収されそうな気がする。
いや、もしかしたら生徒会すら彼女の隠れ蓑兼手駒に過ぎないのかもしれない。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもないです」
考えすぎだといいが。
「それで?態々私と話しているということは何か魂胆があるんだろう?」
自覚していたようだ。腹に一物あるのは誰でも同じだと思うが。
「──この前というと……文化祭の時か」
「どうして会長が俺の昔の綽名を御存知なんですか?」
「私の口からは部の誰かから聞いた、としか言えんな」
部の中にいたのか……外部からの監視者がいないと安心するべきか。
裏切り者、内通者がいたと騒ぎ立てるべきか。
知っているのは小北と堺ぐらいだと思うが……
恐らくあいつら以外だと思うんだが……
「それにしても『英雄』とは大きく出たな」
「あの一応補っておきますけど、俺が名乗った訳じゃないですからね?」
「私もそんなような偽名が有ったな。確か……『魔王』やら『死神』やら在り来たりなものばかりだったが」
「へぇ……」
世に
何か自分が凄いちっぽけに思えてきた。
「まあ私の話などどうでもいい。それより頼みたいことがあるのだが」
「何ですか……?」
また変な無茶ぶりじゃなければいいが……
「まだ誤解を解いていないらしいのでな。浅井、出てこい」
「人を手懐けた獣みたいに扱うのはやめろ」
球の中から、ではなく壁の奥から見慣れた眼鏡が出現する。
「何故ここに副会長が?」
「安心しろ、ここに来たのはたった今だ。こいつに呼び出されてな」
以前が
目つきが悪いのは変わらないようだが。
にしても誤解?まだ何かやり残したことがあったか?
数か月前から回想してみる。
「あ、柳ですか」
「確かにそんな名前だったような気がするな」
明川と会った時か。
「明日にでも連れてくればいいですか?」
「ああ。すまんな、来須」
「全く余計な仕事を増やすな、浅井」
「散々好き勝手やったお前に指摘されたくないんだが」
その後色々と付け加えられたが。
依頼する立場なのに注文が多い。
それにしても、生徒会もなんだかんだ言って文芸部と並列するくらいの変な組織だ。
常識が歪み、捻じ曲がっていて、妙な関係性があって。
揃いも揃って変人揃いかと苦笑せざるを得ない。
「ん?どうかしたか?」
「いえ、何でも」
俺も大概か。
****
どうやら最近彼は生徒会に入り浸っているらしい。
あの時接触してきたから、てっきりとんでもない事をしでかすのかと思ったけど……
予想は外れたと解釈していいのだろうか。
しかし、どうにもあの生徒会長は危険な香りがする。
かなりの不信感を抱きながら、その部屋の方へ目線を向けた。
「ちょっと屋上に来てくれ」
「ほえ?どうしたんですか急に」
「大事な用だ」
いやそんなに重要でもないか?
「うーん……はっ!」
少し悩む素振りをすると突然理解したのか顔を上げる。
「ふぅー」
何故か深呼吸。
「参ります!」
お前は何に挑もうとしているんだ。
「それで……そろそろ何の用事なのか訊きたいんですけど……」
いつになく真剣な表情だ。副会長の所まで解っていないとしても恐らく生徒会絡みだと予知しているのだろう。
「それはだな……」
間を置いて切り出そうとした時、そこにまた鶴が割り込んだ。
「──それについては私から説明するとしよう」
「生徒会長⁉」
あれ、てっきりこちらの意図を見透かしていたのかと思ったんだが……何だその驚き方。
じゃあどうして緊張していたんだろうか。
「よし、もういいぞ」
「何故待機する必要がある」
「ご無沙汰しています……」
舞台袖から浅井副会長と明川書記が静かに顔を出す。
「え?」
柳が混乱している。説明不足だったか。
「すまなかったな、柳楓」
「すみませんでした、生徒会のことに巻き込んでしまって……」
「いや、明川さんが良いならいいんですけど……」
如何やら思い出したようだ。まだ若干の乱れはあるが。
「これからは友人として交流していくとしよう」
「は、はい……!」
この人の示す友人とは一体何なのだろう、と疑問を持ってしまった。
その軽重によって俺も付き合い方を考えなければならないかもしれない。
実力未知数の怪物とくれば尚更だ。
「用事は以上だ。時間を取らせて申し訳ない」
「じゃあ、先輩、戻りましょう……?」
「あ、俺はもう少し話があるから先に戻ってくれ」
「了解、です……」
虚を衝かれたようで珍しく取り乱して、勢いがないな、柳の奴。
「ほう、我々に話とはな。お前も存外物好きなようだな」
「それ程でもないですよ」
「やっぱり明川書記は全部知らされてるんですか」
「こいつも意外と厄介でな。事情を説明しないと納得しないのだよ」
「会長⁉私そんなに面倒くさい女ですか……?」
こっちに目を合わせられても困る。「そんなことないですよ」とフォローするべきなんだろうが、生憎とその権限は俺には無い。
「大丈夫だ、こいつの方が百倍陰湿で面倒くさい」
「ほう、賢しらな一匹狼が吼えているな」
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?悪知恵の働く烏風情が」
「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい」
慣れた様子で明川が仲裁する。
その状況を目にして漸く悟った。
俺は彼女のことを過小評価していたのかもしれないと猛省する。
仲裁役の彼女は怪物どもの手綱を握っている。
即ち彼女こそが生徒会の裏番長、この学校の生徒の中で一番の強者。
その事に気付いて動揺し、少し警戒してしまった。
無意識とは怖い。
「来須さん、どうかしましたか?」
「いえ、何でもないです!」
自然と敬礼してしまいそうになる。
これからどうやって関ればいいのだろう。
「……?」
小首を傾げる彼女に俺は引き攣った愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
時は流れ、うかうかしていたらもう霜降を過ぎてしまった。
「虫の音と共に消えし陽気かな」
「もう秋ですね……」
「この前から秋なんだが」
夏はずっと前に見送った筈なのに、何故今更秋に浸っているのやら。
まあ、ここ最近はおちおち自然を感じられなかったから時期が遅れるのも仕方ないかもしれんが。
「早いです、ね……」
まあまだ一か月ちょっとしか経っていないから仕方ないが、慣れないなこいつの口調。
四人で部室の窓際に座っているという構図だ。
石見が誰に同意を求めているのか定かではないが、取り敢えず「そうだな」と入れておいた。
「そういえば、来須君、一週間後は何か予定はありますか?」
「態とか?お前に予定を聞かれるのは妙に耳障りなんだが」
「二人でどこか行くん、ですか……?」
「いえ、部長がまた面白そうなイベントを見つけたようなので」
部長が「面白い」というといつもろくでもない目に遭わされる気がするのは俺だけだろうか。
ん?一週間後って何かあったか?家のカレンダーは空白になっていたと思うが。
「その分だとまた来須君は忘れているようですね」
「……?」
「あ、もしかして……」
「そう、十月三十一日。ハロウィンです」
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