第四十七章『やっと舞台は幕を閉じる。』

 また呼び出しかと最早慣れが出てきたが、今度ばかりは最悪の事態になるかもしれない。

 俺のいる場所こそがそれを示している。

 そう、生徒会室だ。

 しかし、どういうことか部屋には三人しかいないのだ。

 そして俺は全員と顔見知りなわけだ。

 会長、明川はいいとして、副会長がいるのは想定外というか、立ち会ったことに驚いた。


「さて、早速今回の件について話しておこうか」


 他の二人は声を発しないどころか、物音一つ立てずに粛然とした空気に呑まれていた。

 てっきりまた、副会長に怒鳴り散らされるのかと思ったが。

 俺の戸惑いすら気にせず会長は続ける。


「君たちは私たちに敗北した。それが何を意味するか、君は分かっているだろう?」

「部の消滅……」


 俺は肩を落とすより先にふと疑問を抱いた。色々と不自然だ。

 まず、この提案。かなり大きいメリットがある割に、ノーリスクとはおかしい。

 次に、会長がいきなり積極的に動き始めたのも気になる。二つの祭りにわたって試練じみた題を提示した。一年の時は息を潜めていたというのか。

 最後に、何故来年ではなく再来年なのかということだ。今回のこれをクリアしたとして、二年後はどうなるのだろう。また、こういうことを繰り返すのか?

 それとも、それが真のタイムリミットなのか。

 何れにせよ俺には関係ないという一言に尽きるが。


「そこで提案だ。君が部の代表としてどうしてもとこいねがい頭を下げるのならば、考え直さないこともない」


 一瞬何を言っているのか理解が出来ないでいたが、その黒い瞳を目の当たりにして悟った。

 プライドも無いから土下座でも何でもしたっていいのだが、違和感が邪魔をしてどうにも身体が言うことを聞かない。


「いい加減にしてくれないかな」


 後方から響くその声の主の候補は一人しかいない。


「矢張り来たのだね、硲部長」


 その迫力はこの世の災厄を練り固めたように禍々しく、物々しい。

 動じず勇ましく真っ直ぐにめている。

 一触即発と表せばいいのか。

 視線の絡まる点で火花が散る。

 部長のこんなに険しい面持ちを初めて見た。

 明川が宥めようかとあたふたする。


「お、お二人とも落ち着いて下さい……」

 そこに割って入る鶴の一声。


「おい東、茶番はそれくらいにしろ」

「え……?それって」

「そのままの意味だ。最初から廃部の話は持ち上がっていないし、予定通り再来年——」

「そういう訳ですみませんでした!」


 会長が副会長の口を塞ぐ傍ら、明川が三拝九拝する。


「どういうこと……?」


 毒気を抜かれて思考停止した部長。そういう俺もこの状況というか真相を飲み込めてはいないのだが。

 頭の中が散らかって、整理がつかない俺たちは一先ひとまず生徒会室から退散することにした。

 廊下に出ると十数メートル先から誰かが走ってくるのが見えた。


「おーい、二人とも~」


美海先輩だった。「廊下を走らないで下さい」という注意にも気が回らず、先導されるがまま部室へ戻ろうとする。


「何の話だったの?」

「えーっと、ちょっと体育祭のことでね」

「ふーん……じゃあさっさと戻ろうよ」

 しかし、口とは裏腹に彼女は立ち止まる。


「星?」

「美海先輩?」

「い、いや、何でもないよ!さあ行こう」

「う、うん……」


 俺と部長は顔を見合わせる。

 何やら生徒会室の方をじっと鋭い目つきで見つめていたようだが。

 一々そんなことを気に留める気力は無い。

 解放された祝杯を挙げると共に、目先の壁が消えてどこか虚無感を覚えた。




「やっと終わったようだな」

「全く、我ながらとんだ猿芝居を打ったものだ」

「悪かったな、酷く浅はかな計画で」


 ボロクソ言うなら自分たちで考えてみやがれと物申したい。

 浅井は兎も角、東は凄く不自然だった。

 大根役者というより、色々と設定が雑だったような。


「奴らには悪い事をしたな……」

「今更罪悪感か?」

「戯言を……私はそんなにお人好しではないのでな」

「醜い女だな」

「黙れ、浅井。私の方が立場は上だ」


 そう高らかに嘲笑うとその暗黒の瞳に少し光を灯しながら屈辱を与えるように言う。

 しかし、浅井は怒りを露わにするどころか、清々しい表情で嗤い返した。


「然程変わらん。思い上がるな」

「仲いいな、お前ら」

 雑な一言に対して彼らは揃って反応する。


「「ふざけるな」」




 未だあの案件の屈託が抜けずに俺は空蝉うつせみみたいになって、霧の濃い樹海を彷徨っていた。

 結局、あの人たちは何がしたかったのか。

 多少真実が明らかになったが、それはほんの一部に過ぎない。

 再度先の小北の発言を思い出す。若干のむず痒さを堪えながら。


『迷いましたが……過去の究明は続けようかと』


 今のところそれ以外手の打ちようがない。

 加えて会長や部長の意味深長な言葉についても、調べる必要がある。


「どうしたの、そんなにしんみりして」

「真逆に元気ですね……何というか、逞しいです」

「それは褒め言葉なのかなぁ……」

「これでも心の芯の強さに感心しているんですけど」

「それは思い違いだね。私は軟弱だから」


 身体面だけならこの学校でトップレベルの部長も、心は硝子以上に脆いということなんだろうか。

 考えを改める必要があるかもしれない。もしかすると世界は平等なのかもしれない。

 皆平等に死が齎され、苦しみも悲しみも全て平等に降り注ぐとしたら、皮肉にもそれは人々の目指した「平等」に相違ないのではないだろうか。

 数字で表現するなら幸も不幸も合わせてプラスマイナス零になるようにコントロールされているような。


「そうですか……」

「でも、沈む時こそ楽しくしないと」

「どうやってです?」

「そんなことは自分で考える!」

 命令した癖に無責任な。

 でもこの人らしいといえば、この人らしい。


「ほら、さっさと部活に戻るよ!」

「そうですね」

 あの発言について訊きそびれたと後悔したのはその日の夜だった。




 秋の色がより一層濃くなり、ありふれた日常を取り戻しつつある。


「なんか調子が戻ったようで良かったです」

「ちっとも良くないんだが」

「この前まで絶命直前みたいな顔でしたよ」

 

 労わるならもっと優しさを表情に込めて欲しい。

 俺には滑稽なのをせせら笑っているように見える。


「堺さんや小北さんも心配していましたよ?」


 ふーん、あいつらにそんな観察力と思いやりがあるとは思えんのだが。

 現実味が無さ過ぎてフェアリーテイルの域だ。

 小北に至っては事情を知っていながら、申し訳ないという情の一片さえ芽生えてはいないようだしな。


「私もちゃんと心配していましたよ?」

「はいはい、ありがとうな」

「いつも通り雑な対応で安心しました」


 神楽は呆れを前面に押し出し、溜息を吐く。

 俺もつられて重たい息を一つ。

 毎度の如く繰り返される退屈で憂鬱な授業への漠然とした倦怠感が再度渦を巻こうとしている。



「ちょっと来てもらえます?」

「どういう心算だ?」

「質問を質問で返さないで下さいよ……」

「いや、なんか悪寒というか、危機管理能力の急速発達による過剰反応が起こってな」


 一体誰の所為でこうなったのやら。

 少なくとも奴ら二人は俺のブラックリストから永久に除外されることは無さそうだ。


「行けば解ります」

 そういうのが一番嫌いだ。

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