第三十七章『ピクニックと旅館卓球』

一日目はつつがなく終いになり、皆ぐっすりと死んだように眠りについた。


「あ~朝か~!」

「おはようございます」


 小北は既に布団を畳み終え、着替えも済ませている。老人なのかこいつ。

 いや、こいつは何にも巻き込まれていないから、こんなにケロッとしていられるんだ。昨日俺がどんだけ変な体験をしたと思ってやがる。


「先輩たち、おはようございます!」


 メモ厨は今日も元気溌剌、活気に満ちている。

 体力の差か……

 俺たちもさっさと布団を几帳面に揃え、積み上げ収納する。

 枕が変わるとひょっとすると眠れないかと思っていたが、無駄な心配だったようだ。

 昨夜は疲れてすぐバタンキューだったから、記憶も曖昧だ。

 小北と但馬は二体のミイラを引き連れて、食堂に向かった。




「おっはよう!」

「随分と元気ですね……」

 小北が半ば恐縮して返した。


「おはようございます!」

「お前もか」

「はい、遊びに来ているのにおちおち寝ていられませんよ!」


 根っからの児童脳らしい。一晩経てば超再生。そしてまた暴走と身勝手を繰り返す。それが子供という奴らだな。

 石見は朝に弱いらしい。仲間がいて安心した。

 さっきから柳に何かと構われているが、「あ~」しか発しない。


「……」


 堺は……何故か視線すら合わせない。新しいタイプの嫌悪である。

 罵詈雑言を並べ立てる訳でもなく、呆れ顔をしながら溜息を吐く訳でもない。

 本当の嫌いの意志表示という奴だ。最早無関心。

 好きの反対は無関心だとやっと実感出来た気がする。こういう対応が一番傷つくのだろうな。

 やましいことは何もない……筈だが、一応謝罪しておこう。


「すまん……」

 すると純真無垢な幼児の顔をして、顎に手をやりながら頭を五度ほど傾ける。


「……?」

 なんだ、この反応。想定外だぞ。

 誰かこいつの取扱説明書を作成してくれ。辞書並みになってもいいから。

 まあ、行動パターンが歪な女子高生から逸脱している、気難しい思考回路未知の女の思考構造を探って解明するなんて、地球に似た惑星を探し回るようなもんだ。というか、後者の方がよっぽど見込みがありそうだ。

 さて、今日はどんな修行をさせられるのやら。


「海に行ったら、次は山でしょう!」


 賛成六人、反対四人、中立一人で本議案は可決されました。いや、なんだよ中立って。

 過ぎたことを悔やんでも仕方がないのだが、どうしても気が進まない。

 一行は林の中を蟻んこの行列のようにぞろぞろと長蛇の列を作って、行進していく。

 天気はまあ良好。風も程よく吹き、草や木がざわざわとさんざめく。

 何処も彼処も緑一色。夏なんだから当たり前か。

 独特の青臭さが霞のように全体に漂っている。


「うわー神秘的ですね~」

 棒読みだからやり直し。

「……」


 石見は無言でそれらに見入り、シャッターを切る。

 写真家気質は健在なご様子で。


「虫取りしたいなぁ……」

 あなたは田舎のアクティブボーイですか。何をしに来たのか。

 どうやら虫取り網は持参しているようだ。本気らしい。

 そういえば、蝉が鳴いている。虫になど興味はないのだが、自然と耐性はある。

 何度虫駆除をやらされたことか。

 視界に飛び入る夏の虫を払い除けながら、山道を散策する。


「何処へ行くんですか?」

「それはね……ひ・み・つ」


 何ですか、その古臭い言い回しは。今時中学生でもドキッとしませんよ。

 行き先が明かされないのは少々不安ではあるが、澄明な大空を見上げていると、最早どうでもよくなってしまった。心なしか都会の空気の百倍くらいクリーンな気がする。

 ジャングルを彷徨う探検家の如く、俺たちは歩き続けた。

 獣道という訳ではなかったのだが、険しい山道を登っていくのは骨が折れる。

 この後、断崖絶壁でもじ登らされるんじゃなかろうか。


「着いたよ~」


幸いなことにそれは杞憂だったようだ。

 平坦な野原一面に咲き誇る花々。そよ風に揺らされているさまは、まるで意志を持っているようだ。


「うわぁ……!」

「見事ですね」


 一つ一つは大したことないありふれた野花なのに、集うだけでこんなにも画になるとは。

 鮮やかな色彩は日光に照らされて、更に輝きを増し、生き生きとしている。

 白いワンピースの少女を配置してしまいそうな、花畑である。

 風情や趣とは異なる、どこにもない懐かしさを感じさせる、スポットなのである。


「……」


 いつの間にか堺は座り込んで、その中に混ざろうとする。

 何が心に響いたのか不明だがまあ放っておこう。

 小田桐先輩は大木の下で旅人のように睡眠をとっているようだ。

 確かに……心地よい。

 覚えず、俺は草の上に仰向けになっていた。妖精の悪戯なら、もうそれでいい。

  そのままここで昼食をとる予定だったようだ。ナイセンスなのに、良く解ってらっしゃる。

 あれ……?でも、弁当持参とは書かれてなかったような。もしかして俺だけなしか?それともここまで来て、コンビニにパシらされるのだろうか。だとしたら、残酷だ。


「じゃ~ん!」

 部長たちが何やら持ち寄って小北が持ってきた無駄に面積の広いレジャーシートのど真ん中に集める。


「これは……」


 どうやら女子勢は一人数品ずつ作って、シェアするといういかにも女子高生っぽい活動を秘密裡に進めていたらしい。そんなことを態々敢行する意味が解らんが。


「感謝してくださいね?先輩はこの先一生食べれないかもしれませんから」

「はいはい、どうせ俺は天涯孤独ですよ」

 最早自傷も厭わず開き直る。


「じゃあ……」

「——いただきます!」


 嚆矢の合図が示されると、我々男軍は恐る恐るそれらを口に運んだ。

 単純に美味いかと訊かれれば、確かに美味い。

 軽く彼女たちが作ったとは信じられないくらいには。


「うん、美味しいです」

「美味しいですよね、小田桐先輩!」

「……!」


 料理には真心が必要だとか、愛がいるとかいう感情論を唱える奴がいるが、それは個人の単なるフィーリングの問題で、実際技術と経験に勝るそれは無い。

 故に、どんな人間が作っても、全く愛情が無くても、美味は普遍的かつ不変的に美味なのである。

 批判するのは簡単だが、褒めるというのは些か照れ臭く、コツがいる所作であることは間違いない。

 現に俺も言葉を失っている。


「フフフ……私の実力を思い知ったか!」と、得意気になる美海先輩。

「私が教えたんだけどね……」と、硲先輩が水を差す。

「完璧、卵焼……‼」と自画自賛する石見。

「私、実は女子力高いんですよ~」と、時代遅れの死語を使いながら、粋がる柳。

「こう見えても、料理は得意なんです!」と、謎に勝ち誇って、己の忌まわしいイメージを払拭しようとするが故に、まだまだそれが取れない神楽。

「大丈夫……よね。ちゃんとレシピ通り作ったし……」と、未だに不安気な面持ちの堺。

 白河はというと、何も作ってないのに、勝ち誇った笑みだけ浮かべてた。何故お前が胸を張る。


 酒池肉林には程遠い宴会を終えると、俺たちは来た道をまた引き返した。

 まだ時間に余裕はあるが、暗くなっては困るし、何より……


「少し雲が出てきたね……」

「あれはマズい色ですね……撤退しましょう」

「山の天気は変わりやすいですからね~」

 ということで、ピクニックもあっさり終いと。


 予想通り、外は雷雨。神は何をそんなにお怒りになっているのやら。

 白い稲妻が絶縁体の空気すら切り裂き、轟轟と唸りを上げ乍ら、地面へ落ちる。


「これは……正しく青天の霹靂ですね」


 壁の一枚向こうで数万ボルトが放電されているというのに、能天気な奴だ。いや、ノー天気なのか。何だそれ。全然面白かないな。


「多分明け方には止むと思いますけど……」


 但馬が携帯ラジオで天気を確認しながら言う。雑音が轟音にかき消される。どうして持ってきたんだそれ。

 小田桐先輩はブレずにゲームに耽ると。

 この空き時間、何をしようかとあれこれ計画を立てている最中に、部屋に闖入者が。


「男子諸君、集まれ~!」

「え?」

「は?」

「何ですか?」

「これはこれは部長。何か御用ですか?」

 何やら強者感を漂わせる、部長は以前と同じ不敵な笑みを零した。


「外に出れないなら、中で遊ぶ他ないでしょ!」


 ですよねー。

 そう勝手に宣言されて連れてこられたのは、旅館恒例の卓球台だった。

 先程の通り、時間を持て余していたため、結果的に浴衣というお約束的なシチュエーションになってしまった。

 早速長の独断でトーナメントが組まれたようである。


 一回戦 白河VS神楽

 白河が鈍すぎて、勝負は決まったがに見えたが、ラケットを握ると一転、動きが俊敏になった。予想以上に試合は盛り上がり、一進一退の攻防である。

 単なる余興のため、一ゲームしかしないそうだ。まあ、公式ルールでやっていたら草臥れそうだしな。

「てや~!」

 結果は九対十一で神楽の勝利。白河はスタミナが足りなかったようで、後半になるにつれて動きが鈍くなっていった。詠む元気も無いのか、座り込んで固まった。燃え尽きたんじゃなかろうか。

 

 二回戦 小北VS美海

 ガンガンいこうぜの美海先輩に、防戦一方の小北。

 奴もそこまで下手というわけではないが、なにしろ美海先輩がそれを凌ぐ破竹の勢いである。

 結果 五対十一で美海先輩の圧勝。

「残念でした」

 こいつ、まさか手を抜いてたのか?接待ゴルフならぬ接待卓球か。いや、なんだそれ。

 

 三回戦 石見VS小田桐

 うむ……これは試合と言えるのだろうか。

 予想通り、どちらもかなりの運動オンチらしく、白熱せず熾烈でもない泥仕合を制したのは、石見である。

 

 気を取り直して、四回戦 堺VS但馬

 運動性能で言えば、堺の方が高いはずだ。だが、意外に但馬は器用で変な回転をかけてくる。

 しかし、忘れてはいないだろうか。彼女がいかに負けず嫌いかを。

結果は十三対十一で堺の勝ち。中々に見応えのある対戦だったのではないだろうか。

 

 五回戦 来須VS柳

 そうだった。俺も無理矢理参加させられているのをすっかり忘れていた。

 暢気に実況している場合ではなかった。

 柳は悪ガキのようにほくそ笑み、豪快なサーブを射出、返しも強い。

 しかし、俺の肉体も捨てたものではなく、案外ついていける。

 結果 十一対八で俺の勝ちだ。自分で言うのもあれだが。

 攻撃は最大の防御と唱えられるが、そうでもなかったようだ。

 あれ?十一人いるから、一人余る。

 ここで漸くそれが部長であることに気付いた。あまりに都合がよすぎる。俺は陰謀論を唱える。

 そんな雀の声は無視され、次の試合が執り行われる。


 六回戦 美海VS神楽

 十一対十で美海先輩の勝利。悔し気に神楽は牛乳を飲み干す。

 

 七回戦 石見VS堺

 言語道断、堺の圧勝。石見は汗を垂れ流す。大丈夫か?


 八回戦 来須VS硲

 矢張り、かなりの腕前というか、反射神経と運動神経。

 この人は本当に人間なんだろうか、と疑ってしまうほど俊敏だ。

 抵抗虚しく七対十一で敗北。悔しいというか疲れたな。

 そろそろ筋肉が悲鳴を上げそうだったので助かる。

 そして、大会はファイナルへ。

 最後まで残ったのは——美海先輩、堺、部長か。

 当然といえば当然か。

 ん?三人の場合はどうするのだろうか。

 どうやら全ての組み合わせで戦い、優勝者を決めるらしい。

 

 堺VS美海 美海の勝利

 硲VS堺 硲の勝利

 美海VS硲 硲の勝利

 

 小田桐先輩たちがどこからか持ってきたホワイトボードに書いた。

 

優勝 硲


ある程度予想していた展開ではあったが、何とも意外性のない。

 美海先輩は有り余っていたエネルギーを使い果たしたらしく、椅子に座り込む。

 堺は矢張り悔しいのか、本気で落ち込んでいるらしい。

 何というか……大人げない。大人じゃないけど。

 改めてここの部員が子供っぽいのを再確認したところで、皆の意見が珍しく一致した。


「晩ご飯!」

「夕食……空腹」

「さあ、参りましょう」

「お腹鳴りそうだよ~」

 

 お世辞にも豪華とは言えなかったが、十分に腹は満たされた。

 少しの休息の後、部員たちは足並み揃えて、大浴場に向かうのである。

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