第三十五話『夏行きの快速列車』
不快で陰湿で憂鬱な梅雨がやっとのことで幕を閉じた。もう
しかし、俺の不満は又もや降り積もっているのである。
そう、梅雨が去れば、夏が来る。
つまり、暑い。熱波が世界を覆いつくし、ヒートアイランド現象が起きそうな今日この頃。
さあ、こんな存在意義皆無の部に、エアコン、及びクーラーなどというアメニティの象徴たる代物が置いてあるだろうか。
否。扇風機が設けられているだけマシである。
「おい、邪魔だ。風が行き届かないだろう」
「あああ~」
石見と白河はその正面に陣取って、何をするかと思いきや、田舎の小学生の遊びをして、公衆の面前に恥をさらしているらしい。尤もこいつらが公衆の代表になるかというとそんなことは絶対に有り得ないが。
珍しいことに、俺は口角が五度ばかり上がっている。
そう、夏休みを目前に控えているからだ。
休みを貰えるとなれば、皆満場一致で喜ぶに違いない。もしもそうでない者がいるならば、そいつはきっと社畜かニートか狂人、或いは趣味を仕事にしているとか夢物語を語る奴のどれかだろう。
そんな独断的な偏見より導き出した論は即座に棄却し、俺は夏季休暇の予定について気分を高揚させる。
うむ……休日か。いつもは家に籠って、読書かゲームかテレビを流し見するだけだから、一風変わったことをするのも一興か。
そうなると外出、一人で行きやすい場所ねぇ……
独りだと気の向くままに行動できるから、得策だと考え無しに口にする輩がいるのだが、それは間違いだ。
独りだからこそ、運動施設や遊戯施設はまず無理。買い物に出かけるにも肩身が狭い。
そうすると大抵、訪れられる場所は限定されてくる。
どうしようか……
「夏は海に行きます!」
「はい?」
暫くそのことで考え込んでいた俺は、そのカオスによって計画の下書きが一片残らず吹き飛び、目を
「うんうん、海水浴は夏の鉄則ですからね」
おい、なんだこのハイな会話は。
堺や小北に目で訴えかけても、漂流者のような疲れ切った表情を送ってくるだけだ。
こうなっては従うほかあるまい。
「部長の命令は絶対なのです‼」
そんな字幕が目に浮かぶようだ。
多数決原理など関係ない。長がそうだと言えば、そうなのである。
そんな半ば絶対王政か、独裁のような理不尽極まりない決定は見慣れている。
別に非難しようという訳ではない。寧ろ社会に出る前に学べて運のいいことだ。
海って人食い鮫とか出ないよな……B級ホラーの見過ぎか。厳密には観たことは無いのだが。
普通に考えればその確率は限りなく零に近いのだが、この集団と一緒になるとどうしても不安感が拭い去れないのだ。
実のところ、俺が心配しているのは人混みと喧騒なんだがな。
海水浴場など芋洗い状態の無法地帯に決まっている。魔の海域よりもバミューダトライアングルではないか。
そんな意味不明に警戒しながら、俺はせっせと支度をし、身体と精神の矛盾を成立させた。
********
「夏休みは思い切り遊び、親睦を深め、思い出を刻む」
そんなような目標を示しては、ふとした瞬間溜息を吐く。
今では自分でも信じられないが、昔私は相当な根暗だった。
私が成長できたのは
彼らに出会わなければ、まだ私は路上でずっと来ない迎えを永遠に待っていただろう。
彼ら、そして部の皆といられるのも、あと七、八か月なのだとカレンダーを捲って気付く。
おっと、今から寂しさを感じてどうするんだ。だから悔いのないようにアクティビティをするんじゃないか。
そう思うと俄然やる気も湧いてくる。残された時間はあと僅か。
その貴重な時間を減らさないためにも、この部は壊させない。
そう決心すると、再び私は計画を練り始めた。
相変わらず部の連中は力が有り余っているようで、この灼熱の業火に焼かれながらもけろっとしている。但しそれも一部の人間のみ。
トリオとナンセンスと自称帰国子女である。いや、ナンセンスだと違う意味になってしまうから区別してナイセンスとしよう。
この熱の地獄の中でも燦然と輝くさまは、雑草……間違えた。向日葵のようである。
「あつ~い!」
「この猛暑の中を歩くのは苦行ですね」
「春過ぎて夏来るらし青雲の氷菓欲す我は叫ぶ」
そんな中この旅行を敢行するなど、愚の骨頂、身の程知らずだと思うんだがな。
小北と意見が一致して、悪寒がした。それでも汗は引かないが。
例の通り、電車に乗るのだが、目標地点を知らされていないのである。
一体何を企んでいるのやら。
この部に来てから、退屈は無くなったが、常識的な観念も失われているような気がする。
「見えました!」
柳が賛同を求めているのか、俺の背中を叩く。痛い。
幸いこんな田舎に来る人はそうそういないらしく、この目に余る所行をする阿呆どもは五月蠅いままだ。
もっと感傷に浸って海風を感じるとか、川や風の声を聴くことは出来ないんだろうか。
駅から人気のない平坦な一本道をつまらなそうな面で歩いていくと、海が向こうに広がっている。
どうやらこの近くの小さな旅館に泊まるとか。
意外としっかりしている。
和が保たれた内装は落ち着いた雰囲気がありながらも、気分を高揚させてくれる。
部屋も畳だった。もしかしたら人生で一度も触れたことがないかもしれない。
部屋割りは小田桐先輩、但馬、小北、俺の四人、その隣は神楽、柳、石見の騒々しいグループ、そしてその更に隣の部屋が堺、美海先輩、部長といった感じだ。
一行は部屋に大きい荷物を置き、少し休憩時間にした。
信号はないし、車通りも少ない。完全に都会から逸脱しているのだな、田舎というものは。
社会の荒波に揉まれたサラリーマンのようなことを呟きながら俺は身支度を整える。
「疲れた」
「ですね~ホントここまで歩くの意外と距離ありましたよ」
「これから何をするんだ?」
「さあ……でも、想像はついてるっすよね」
「まあな」
計画を知らされていない俺たちに唯一与えられた情報は、当日の持ち物だけだった。
財布、携帯電話、ハンカチなど事細かに書いてあって、小学生が遠足にでも行くようなリストだった。
「もたもたしてないで、行くよー!」
少し雑談が長引いたせいか、もう声掛けがされた。
そして俺たちは今回の主な目的を達成しに地面を駆け出す。
****
「いやぁ~海なんて久しぶりですね」
「昨日の夜は全然寝られませんでした」
「その割には元気よね……」
私たちは女子高生っぽい会話をして、気分を盛り上げていた。
ちゃんと私たちも女子高生ではあるのだが、些か典型的なものとのズレは否めない。
「皆、水着は持ってきた~?」
「当然!」
何故か水着の見せ合いっこになったらしい。どんな意味合いがあるのだろうか。
「堺さん、それ真っ白ですね。新しいやつですか?」
「うん、流石に中学時代のは着れなくて」
本当にそうだろうか。もっと裏の事情があるのでは、と私は
まあ、理由は分かりきっているが。
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