第三十三話『疾走、回転、魑魅魍魎』

 楽エン部は今、ここに集った。しかし、そのさまは正に烏合の衆である。

 統一感が無く、協調性が無く、集団意識が無い。

 集団生活を学ぶ一学生としては、間違っているのだろうが、この社会に生きる人間として否定される生き方ではない。

 誰にでも一人になる時間は必要だ。この軍団はそう、その時間が常人よりいささか多いために孤独だとあわれまれる人間の集まりだ、と勝手に思ってる。

 言い訳をさせてほしい。広く浅く生きるのはかなり楽だろう。当たり障りなく、いさかいも争いも起きない。こういうのが生み出すのを人々は平和と呼ぶ。

 果たして現代社会でのそれは、本当の意味での平和だろうか、とまた規模の大きなことを漠然と問うてみる。

 いや、違う。それは単に戦争をしないだけで、不戦=平和とはならない。

 

 大分話が反れてしまったが、要は感情、情動、個性のない世界、環境などいらないということだ。

 俺もこいつらのように図太く、図々しく、自由奔放で勝手気ままに暮らしたかった。

 この自由人どもは、最も人間から離れていて、最も人間に近いと言える。

 遊園地入り口ではしゃぎ回る奴らを見て、俺はそんなことを真面目に考えてしまった。



「ほら、行くわよ」

 あまり乗り気でないと言い訳するような表情で、堺が腕を引っ張る。

 実は楽しみだったりするんだろうか。いいや、有り得ないな。


 そこからは目が回るくらい、色々なものを廻った。

 人混みを掻き分ける場面も屡々。

 ジェットコースターに乗った後、部長と美海先輩が嬉々として感想を語り合う一方、その他全員は疲弊して、一斉にベンチに座り込んだ。

 あんな恐怖を植え付ける物は取り払われるべきだ、.元気が空になった口で唸るように主張する。

 コーヒーカップも以下同文。

 本当に地獄だった。その一言に尽きる。


「もう、駄目だ……」


 白く燃え尽きる一歩手前のような、辛苦を堪え忍んでなんとか立っている。

 酔いというレベルではない。

 珍しく小北もへらへらと余計なことをほざいている場合ではないらしく、考える人みたいに俯いて座り込む。


「今回ばかりは、僕も付き合いきれないかもしれません……」


 そう柄にもなく、弱音を吐くのだ。

 これを機会に反撃を試みたが、己が心も生憎と余裕がない。

 馬鹿馬鹿しい小競り合いをして、戯れる気分にはならない。

 ちなみに俺らよりも遥かに元気がないのは、小田桐先輩である。


「全く、どうしてこうなった……」


 情けない話だが、男三人揃って脱落しつつある。というか、棄権したい。誰かにでも参加券をやりたいものだ。

 当然、そんな為体ていたらくで許されるはずもなく。


「えー何言ってるんですか、まだこれからですよ~?」

「さあ、次はあれに乗りましょう!」

「休憩禁止、不眠不休~!」


 どうしてこうハイなんだろうか。

 いつもよりテンション八割増しのトリオは、物理的に俺たちを引き摺って連行した。まるで嫌がる犬を無理矢理散歩させるみたいに。

 そこからは、意識が飛ぶ半ばだったため、あまり記憶に残っていない、というと嘘になるがとにかく忙しなかった。


「ついに来てしましました……」


 皆が冷や汗をかいて、喉を鳴らした目線の先にあったのは、お化け屋敷だった。

 単なる児戯、子供のお遊びと思ってはいけない。

 あちらも本気だ。則ち怖がらないなど毛頭無理な話だ。

 寧ろ悲鳴の一つでも上げなければ、無礼というもの。

 まあ正直恐れているのは確かだ。そもそも入ったことがあったか?


「グッとパーで——」

 そんな部長の掛け声で皆嫌々グループ分けに参加した。これが集団意識、なのか?

 決まった。柳あたりの提案で、二人一組で挑むこととなった。なんでも、それが定石だとか。一体どこの次元のことを語っているのやら。

 俺は一つ残り物のように作られた、三人組に組み込まれたわけだが。


「準備万端」

「では参りましょう」


 察しの通り小北と石見である。

 何故かトップバッターにされ、暗幕の中へ足を踏み入れる。

 小北が堂々と歩みを進めるその後ろで、俺と石見はのろのろと亀かナメクジと競争しているのかと思うほど低速で進む。

 恐怖、緊張で筋肉が硬直しているのもあるが、さっきから背後の彼女に襟を掴まれていて、歩きにくいのだ。

 あんなに見栄を切っておいて、今は窮鼠の有様である。

 せめて袖か、背中にしてほしい。息苦しいというのもあるが、その方がよっぽど可愛げがるというものだ。端から望んでいないし、期待もしていないが。

 そもそも自分がそういうものを嗜める華やかな人間ならば、今頃こんな所にはいない。

 何を考え付いたとしても、所詮負け組の戯言なのだと諦めを示す。

 その後、屍の腕が飛び出したり、人魂が現れたりと、特筆すべきことはなかったが、終始俺たちが縮こまっていたのは言うまでもない。

 久方ぶりの太陽かと錯覚するほど、ずっとあの中に迷い込んでいたような気がした。

 呪縛からやっと解放され、安堵あんどと疲労の溜息を吐く。


「いや~楽しかったですねー」

 いいや、ちっとも。

「……」


 石見は気が抜けて銅像になり、待ち合わせ場所にすらなりそうである。

 さっきまで、忘れかけていた暑さと汗腺の意識が戻ってくる。

 それから、散々遊園地を何周もして巡りつくし、その頃には日が傾き始めていた。




「少しあなたの耳に入れておきたいことが」

「何だ?」

 

 皆が解散した、数分後俺は小北に呼び止められた。

 特に今日、というかほぼ毎日予定などでっち上げることも出来はしないが、態と嫌な顔してみた。


「すぐ終わりますよ」

「ああ……」


 さあ、これでただの四方山よもやま話なら、即座に殴り飛ばすが。


「生徒会が今或る計画を推し進めているらしいんですよ」

「或る計画?」

「はい、その詳細は機密事項だか、なんだかで明かされてはいませんが、確かな情報です」


 まあ、それぐらいのことなら誰でも分かるわな。

 先日の明川書記は生徒会の差し金で動いていたんだろうか。

 あれだけ、良さそうな人柄の人物とはいえ、あの意地悪そうな上司に無理矢理やらされたというのも十分あり得る。


「なので、現時点で伝えることはこれだけです」


 小北の薄い仮面が剥がれ落ち、狼のような勇ましく真剣な表情が出現した。


「生徒会に気を付けて下さい……」

「おう、承知した」


 思わずその気迫に狼狽えてしまった。こいつがこんな真面目になるなんて、今度はどんな厄介が訪ねてくるのやら。

 水平線を凝視しながら、煙草の煙を吐き出すように細く細く呼吸した。

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