第三十二章『彼らの岐路』

 意外にも柳が案内、俺たちを連行した店は、洒落た喫茶店ではなく、ごく普通のパン屋だった。


「何故、パン屋?」

「俺も、同じ質問なんだけど……」


 柳は人差し指を立てながら、メトロノームのように動かすと、舌を鳴らしながら回答した。


「野暮な問いですね。答えは簡単、私が好きだからです!」


 あ~そういうことか。

 そういえば、こいつメロンパンなんだもんな。

 再度こいつの構成要素はそれ以外にないのかと、疑問に思って呆れる。

 ウキウキしながら、上機嫌でトングを操る。


「これ、下さーい!」

「は、はい……」


 おい、何でメロンパンオンリーで四個も買うんだよ。

 店の人が仰天しているじゃねえか……


「俺、これにします」


 クリームパン?しかもこれ、昭和の形だし。

 まあ、好みは人それぞれだからな。あのメロンパン女を筆頭に。

 それから俺たちは購入したパン片手に賑やかな街を歩いた。


「しぇんぷぁい、しょろしょろぐぉるうしむぁしゅ?」

「食うか、喋るかどっちかにしろ。確かにそろそろ向かわないとな」

「あの……なんで会話が成立してるんですか?」


 こいつの言いたいことが解ったのは些か不名誉な気がするが、一旦それは置いておき。


「あ!美味しそうなお饅頭が!では、行ってきます‼」

 息を吐く暇もなく、忙しなく食い物を求めて駆けずり回る。

 なんという奴だ。

 ん?饅頭だと……⁉


「……?どうしたんです?」

「但馬、すまんが、俺も行ってくる……」

 先程のパンを但馬に半ば強引に預け、俺も一目散に駆け出す。


「え?」


 但馬が唖然としているのが視界に一瞬入ったような気がするが、まあいい。

 斯くして、俺と柳は泡を食っている但馬を尻目に和菓子を堪能した。


     *********


「あ~まさかこんなことになるなんてね」


 私は適当に思ったことを感情込めずに吐き出した。


「まあ、皆お昼ごろには集合するって言ってるし、私たちもゆっくり行けばいいんじゃない?」

 隣にいた由希が、元気づけるように言った。


 連絡内容によれば、部員達は四つに分離されてしまったらしい。

 そんなことはどうでもいいのだけど。

 常に私は自分を強く保っている。余裕を見せる。

 どれだけ私が孤独に堪え忍んできたと思っている。


「おい、美海。置いていくぞ」

 下らない回想をしていると、不意に機械音声が流れ込んでくる。

 かつての三人だけが揃っているのを見て、何か思い起こされるものがあったからだろうか。

 いや、やめておこう。

 そう思い至った瞬間、私の頭はリセットされた。己を演ずるために。


「ごめーん、今行く!」

 そうして、私たちは巨大な要塞ともいえる、ショッピングモールに至った。


「うわ~!凄いねぇ」

 人が多くいる場所は基本的に苦手だが、こういう場所はとても好きだ。

 何といっても、服飾関係の店数が尋常ではない。全て見て回るだけでも、骨が折れる。

 別に何かを買って着ようとか、そういうことがしたいんじゃない。実際自分が着ても、マネキンより着こなせない自信がある。

 しかし、私は他人のをコーディネートしたり、服装を観察したりすることが、とても楽しい。

 他人事だから気負う必要がない。

 例えるならば、RPGでキャラクターを育成、装備を整えるようなイメージ。

 第三者目線からなら、どんなのものが合うか、どういう印象を与えられるかが、解りやすい。

 そんな心構えで挑もうなんて、千年早いとか批判されそうな気もするけど、まあやるだけやってみようと思ってる。


「星、そろそろ出るよ」

「はーい」


 少し名残惜しいが、仕方ない。本来の目的はもっと別にあるんだし。

 その近くにあったお店でお茶することにした。


「ふぅ~」

 しっかりと冷えたアイスティーを、口に注ぎ込んだ。

 内面から段々と、清涼感が得られてくる。

 掻き回すと、涼し気な氷の音がカランカランと耳に入る。


「この暑いのに、ホットコーヒー頼んじゃうなんて、おっちょこちょいだね~」

「大丈夫だ、問題ない……」

 汗を額からだらだらと垂らしながら、強がるかのように、苦笑する。

 だが、その後の沈黙から無理をしていることは誰でも分かった。

 威厳だか、プライドだか知らないけど、無駄に重荷を背負っているのではないかと、不思議に思う。

 昔もこのように、人生を共有していたのだ。最初はただの寄せ集めに過ぎなかったけれど。

 然程さほど自慢できる話ではないが、米国の夫婦に引き取られて、ずっと大陸で暮らしていた私にとって、久方ぶりのここはどこか懐かしいが、相変わらずちっぽけで平和ボケしているな、と見下すような意見を取り下げることが出来ない。

 この二人もそうだ。進歩しないことに呆れながらも、置いて行かれることを恐れて、小鹿のように密かに足を震えさせるのだ。

 でも、こうして時が経っても気軽に、友好的に親和的に接することが可能だということは、あの誓いは、あの勇気は、あの不幸は無駄ではなかった。漸く今それに気づいた。


「──どうかしたの、あかりん?」

「完全に上の空だったぞ、美海」


 おっと、長らく意識を飛ばしていたせいで、風邪か感冒かと誤解させているようだ。

 あるいは変人扱いされているのか。


「何でもないよ!」


 変人は変人らしくつと満面の笑みを浮かべた。


    ***********


 ええと……どう会話をすればよいのだろう。

 おかしい。女子三人寄れば姦しいというくらいなのに、発せられるのは「暑い」か「ここはどこ」だけである。

 意思疎通を試みるが、依然としてその望みは薄い。

 来須や柳はどうしていたのやら。

 ただでさえ、猛暑でどうにかなりそうだというのに。


「大都会、新鮮!」

「あの陽へと聳える要塞十五段」


 本当に解らない。

 勝手気ままに行動して注目を集めている二人を引きずって、私は直進し始めた。


         **


 僕は初対面の時からこの人は自分と同じ匂いがすると感づいていた。

 僕は妙な詮索や、疑心的な調査が得意だ。

 その人間の真意、真理を突きとめずにはいられない、信頼の欠片もない性分である。


「参りましたね、皆さん分かれてしまったようで」

「そうですね」


 そんな弱音を吐きながらも、少しも取り乱さず、惑わず、焦らない。まるでこうなることが解っていたかのように。

 来須君が気づいたのは、単なる違和感からだろう。

 元々ネガティブな者は優しさを疑い、施しに反抗し、全てに思惑があると確信して動く、悲しい生き方しか出来ない哀れな人種なのだから。

 僕が言えたことではないが、全体的傾向としてそれくらいは理解しているつもりだ。

 それはさておき、彼女には幾つか質問したいことがある。今回がいい機会だ。


「すみません、少し聞きたいことがあるのですが」

「じゃあ、場所を移しましょう」


 こうなることもご存じの様子。

 案内されたのは案の定、カフェだった。

 探りを入れようと意気込んで、臍を固めたはいいものの、どう切り出そうか。


「あなたは知っているんですよね?この部にまつわる真相を」

 どこか確信があるかのような言い草になってしまった。どこぞの探偵だろうか。

 我ながら人と接する技術を持ち合わせていないことに呆れ果てる。


「さあ、何のことでしょう?」

 肯定していることを代弁するような、判り易い白の切り方だ。

 このまま、肯定したと見做みなしていいのだろうか。


「部員たちの過去に関係が有るんですよね……?」

「ノーコメントです」


 つまり、見立ては間違っていない、と捉えて良さそうだ。

 推測というか、匿名の垂れ込みというか。


「私からも一言いいですか?」


 手で合図を送ると、彼女はその堅い口を開いた。


「そう遠くないうちに、この部は無くなる予定です」

「そんな……」


 何故急に踏み切った。あの優柔不断な大人どもが、どうして……

 そして一つの可能性を見つけた。


「生徒会の仕業か……」


 有り得る。あの会長ならやり兼ねない。あの人にとっては虫を潰すようなものだ。

 僕の独り言の内容が、真か否か告げる代わりに、紅茶をすすった。

 冷たくわらう氷の魔女は、傍観者のように振る舞った。

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