第三十章『楽園小旅行』

 元気よく日の照る皐月、何やらまた部長が企む……企画しているらしい。


「あの……全員を集めて話って?」


 まあ皆暇だから欠けることは稀だが、部員十一人ここに集結である。


「新入生歓迎の催しだよ!」

「催しってまさか……!」


 二、三年の部員一同、顔を見合わせ、少し青ざめながら、部屋の隅で密集して作戦会議。


「催しって、あれの事じゃないよな……」

 あれとは、あれである。

「流石に私も擁護できません……」

「でも、回避不能だぞ?」

「これは、由々しき事態ね……」

「おお神よ救い給えよ今一度」

 

 その事情を知らない、一年連中は不思議そうに俺たちを見つめている。

 駄目だ。幾らこいつらが異端児、問題児であっても、これ以上犠牲を増やすわけには……

 そして、何故美海先輩は知らないんですかね……


「ユッキー、それで催しって?」

 また余計なことを……


「ふふふ……日帰り旅行に決まっているでしょう!」

「え?」

 

 場が一気に静寂に包まれ、二、三年は安堵と驚きの混合した溜息を吐いた。


「……」

「ん?皆どうしたの?」

「い、いえ何でもないです……楽しみですね!」

 

 神楽が発言した後、緊張が解けた俺たちは、無理に微笑んだ。


「そうね!今回は遊園地だし」

「遊ぶ気満々ですか……」

「部活動っぽくはないですね。高校生らしいですが」


 このメンバーにあんなメルヘンチックな世界は似合わない。

 人目を気にせず燥ぐあの三人を除いては。


「高校生にもなって、遊園地って……」

「決めつけは良くないよ?立派な観光スポットにして、定番のデートスポットだし」

「その単語が耳に入るだけで、頭が痛くなるわ……」

 

 精神的なダメージか、寝不足の偏頭痛かは知る由もないが、思わず同意する自分がいる。

 最後に訪れたのは……十年程前だろうか。

 幼き日の数少ない思い出が蘇る。今考えれば、相対的に過去の方が幸せだったかもしれない。

 うむ……自家撞着するとは、俺も中々愉快な頭をしている、と自嘲する。

 あの頃はもっと純粋だった、と思う。残酷な真実を突き付けられるわけでもなく、夢を見ていられたから。

 いや違うか。現を抜かしていられたから、と言った方が適切だ。

 きっとこいつもあんな悲劇さえ無ければ、もっと違う人間だった筈、と後から考えるのは結果論でしかないけれど。


「懐かしいわね……」


 それが独り言なのか、判別出来なかったが、無意識にメッセージは発信された。


「そうだな……」




 その次の休日、近辺の駅に集合することとなった。


「また、早過ぎたか……」


 時計台と睨めっこをしながら、顔を顰めた。

 どうやら、脳が理解していても、身体が学習していないらしい。

 こういう所だけ、無駄に真面目な自分が恥ずかしい。

 ベンチに腰かけて、携帯を取り出すが、何も通知は来ていない。

 着信音など、久しく聴いていない。


「よっ!後輩君~」

「げっ……」


「何?その微妙な反応は」


 想像の斜め上を行く、ボーイッシュな服装だった。

 いつものサングラス、藍色のキャップ、白のTシャツに、デニムだろうか。

 ファッションに疎く、自分の服装すらまともにコーディネートできやしない俺には学の及ばぬ範囲だ。

 五月とは思えないほど暑い。念のため、長袖で来たが自殺行為だったようだ。

 仕方なく腕を捲ってみるが、あまり体感温度は変わらない。


「いい天気になったね~。お出掛けには丁度いいよ」

「そうですね……」


 会話が途絶える。別に気まずいとか、話題が無いとかいう訳ではなく、恐らく共通の欲求が出てきたからだろう。


「「喉が渇いた~」」


 やはり、喉が乾燥してしまっては、会話も出来ぬ。

 額の汗を拭いながら、求めて歩む。

 ボタンを押すと、軽快な電子音と共に、飲料が吐き出された。


「ぷはっ~!生き返るね」

「ですね」

 

 いくら俺でも、この暑くて干乾びそうなときに、「あったかい」は頼まない。

 だから、麦茶である。

 美海先輩は変わらずサイダー。

 俺は炭酸飲料を飲まないが、彼女曰く、「飲まないなんて、人生損してる!」らしい。

 酒か何かの歌い文句、酔っ払いの戯言に似通っている気がする。

 すっかり寛ぐ気分になって、気持ちが安らいだ。淀んだ性根が少し浄化されたと感じるのは勘違いだろう。


「皆、遅いね~」

「俺たちが早く来過ぎたんだと、思いますけど」


 行き交う人の中に未だ誰の姿も捉えられてはいない。

 幾何学のような駅前のモニュメントが時々、太陽光を反射して眩しい。

 全ての感覚が鈍り、少しぼうっとしてしまう。

 一応、否定はしておくが、熱中症ではない。


「えっと……後輩く——」

「来須さん、美海先輩、おはようございます!」

「お早いご到着で」

「燃焼警告、危機!」


 言わずもがな、精神年齢が小学生まで、遡っているトリオである。


「おい、あんまり騒ぐな。俺が変な目で見られるだろうが」

「へぇ~後輩君、何か疚しいことがあるのかな~?」

「有りませんよ……」


 冷静に考えてみると、客観的に見て、男一人の構図は中々誤解を生みそうではある。

 まあ、尤も微塵もそういう感情が無いと言っても過言ではないから、正直どうでもいいが。


「まだ時間まで長いですね……」


 それ以上、誰も無理に話題を展開しようとはしなかった。

 既に燃えるような暑さを齎さんとする炎の恒星は、構わず光る。

 多分、この沈黙は暑さの所為だ。

そうしてから、数分後、部員が到着した。


「皆さん、早いですね」

「お待たせしました!」

「大丈夫、私たちが早く来過ぎただけだからー」


 小北と但馬という何とも奇妙な組み合わせ、何故か小田桐先輩は一緒ではないようだ。


「小田桐君は?」

「部長とここに向かっているそうですよ」

「ふーん……成程ねぇ~」


 意味深な笑みを浮かべて、とても怪しい。先輩の身が危ないのだろうか……

 変な勘繰りをしているのではと、危機感を募らせる。


「そういえば、来須君。僕たちもっと遅れた方が良かったですかね?」

「余計なお世話だ」


 先程の紅一点ならぬ、白一点(勝手に名付けた)の状況についての言及ならば、侮辱に当たる。それで緊張出来るのは、普通で純粋な若者だけだと業界でそう決まっている。

 劣情、欲求を一切合切取り去った時、性別なんてものは大した差ではない、と詭弁のようなものを己に納得させんとする。


「後は、先輩と部長と、堺と白河か」

「堪え難き熱き肉体燃え盛り心焦がされ残るもの無し」

「うがっ!」


 まるで幽霊を目の当たりにしたように、我が体は飛び上がった。

 実に趣味の悪い、歌詠み女である。

 誰だって背後からこんな悪霊と見間違えるような女が出てくれば、慄くに決まっている。


「何やってんのよ……情けないわね」


 そして精神に容赦ない会心の一撃。

 先程の文を手直ししよう。実に性格、趣味諸々悪い奴らである。

「あ、堺さん。来てくれたんですね。気が進まなそうだったので、てっきり来ないのかと……」

「まあ、一応部活動だし……」

 そう言い訳じみた台詞を吐くと、顔を背けた。


「どうした?あっちに何か在るのか?」

「う、五月蠅い!」

 

 僅かに声を荒げたのに、気圧されていると、石見が俺に憐みの視線を向けながら、肩を叩く。

 俺が一体何をしたというのだ。


「来須君は残念ですね」

「いきなり挑発とはどういうつもりだ?」

 

 別に喧嘩の売り文句ではなく、何の脈絡もなく出されたそれに疑問を抱いた。

 そうこうしているうちに、最後の部員二人が集まった。


「へぇ~やるじゃん、隆一郎!」

「何を言っているんだ、美海は?」

「さあ……」

 

 二人の脳内に同時に疑問符が浮かんだようだ。

 俺もさっぱり考えていることが想像つかないが。


「えっと、じゃあ、取り敢えず出発!」

「「おー」」


 全然気持ちの籠っていない賛同の声はさておき、俺たちは目的地へ向かって歩き出した。

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