第二十九章『生徒会見参!』

 いつもと変わらずに、部活という名目で、せっせと宿題にいそしんでいた俺。

 休憩がてら切れた飲み物を買いに行った帰り道、見知らぬ女子が部屋の前をウロウロして、時折覗き込むのを目撃した。

 どうしようか迷っていると、こちらに気付いて真っ直ぐ接近してくる。

 それはもう、待っていたかのように。


「あの……ここは文芸部でよろしいでしょうか……?」

「はい、そうですけど……」


 予期せぬ敬語に戸惑い、つい合わせてしまった。

 互いに目が合わず、合っても逸らしてしまう。


「何か用で?」

「はい。実は私、生徒会の者でして……あ、自己紹介が遅れましたね」

「私は、明川麗奈と申します。二年書記です!」 


 先程とは打って変わって、自信満々で礼儀正しく、自己紹介した。

 でも、その後、感心して目を向けていると、何やらまた羞恥心が身を焦がした。


「俺は来須零士。一応ここの部員です」


 漸く緊張の硬直が取れて、普通に話せる。

 そして普通の人間と話すのも久しぶりである。

 そう意気込んでいると、突然、扉が開いて、柳が顔を出す。


「先輩、何やってるんで……すか?」


 俺たちを見るなり、薄気味悪い笑いを浮かべて、言い放った。

「先輩、彼女連れてきたんですか?そういう事は他所でやってくださいよ?こっちも反応に困るんですから」

「ふぇ⁉か、かの……」

「なっ……!」

 

 人の口に戸は立てられぬ。まして宇宙人の口が塞がるわけもなく。

 既に明川の頭はオーバーヒートしているようだ。

 何と運の悪いことだ。


「柳、お前なぁ……」

 憤りを越えて呆れて、気が滅入りそうだ。


「えーっと……私、何かしちゃいました?」

「その通り、俺は迷惑を被った」

 

 柳を責め立てている場合ではない。そこに倒れている、この人をなんとかしなければ。


「おーい、大丈夫ですか~?」

「駄目そうですね」

 他人事のように言う。


「仕方ないか……」

「先輩がお姫様抱っこします?」

「ふざけるな。お前も運べ」

「はい……」


 古臭い表現はさておき、俺は頭、背中を持ち、柳は脚を持って、保健室に搬送することにした。

 怪我とか風邪ではないだろうから、教員がいなくても問題ないだろう。

 放課後、あまり人はいなかったものの、道行く人間に注目されたのは言うまでもない。




 彼女が目覚めたのは、赤面して倒れてから、三十分ほど経った頃だった。


「私には、無理です……。貴方とは付き合えませんー……」


 何やら寝言が聞こえるが、頭を振って忘れようとする。

 あの発言が引き金になっているのか、定かではないが、痛々しいほどに乙女チックな夢であるようだ。

 無関係な第三者がこれを聞けば、吹き出すこと間違いなしなのだが、何せ多かれ少なかれ、自分が迷惑をかけたと感じられ、気の毒で申し訳なく思わずにはいられないのである。

 一刻も早くこの場を離れたいという逃走本能と、この状態で放っておくわけにはいかないという罪悪感に駆られた為の義務感がせめぎあって、葛藤を起こしているのである。

 早く目覚めてくれとこいねがうばかりである。その切迫した心情が身体にも表れたのか、奇妙な言動をする彼女を覗き込んでいる。


「無理です~!」

「え⁉」


 いきなり彼女が起き上がったかと思うと、思いっきり頭を上げる。

 当然、その頭突きは俺の頭蓋骨に直撃するのである。


「ぐがぁぁぁ……」

「い、痛い~!」


 かなりの速度で衝突しただけあって、その威力と反動は凄まじいものであった。

 数分、頭を抱えて俯き、言葉にならない唸り声で空気が振動する。

 

 それから間もなく、呑気に戸を叩くのが割れそうな頭に染みる。

 その音の主こそが、この事態を招いた張本人。


「目を覚ましましたか⁉」

「うるせぇ、静かにしろ」

「ご心配をおかけしました……」

「明川さんが謝ることはありませんよ。全責任はこいつに有りますから」

「先輩?何ですか、その気持ち悪くて似合わない喋り方……」

「いいか、柳?敬語は使うに値する人に対して使うんだ」

 柳は教授する気がないのか、「へー」と棒読みの関心を口に出す。


「まあ、そんなことはどうでもいいんですけど」

 人の事を気持ち悪いだの似合わないだのと貶しておいて、説教無視しやがった……

 やはり、雲泥の差だな。彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「何やら話があったんじゃないですか?」

「そうなんです。実は……」

 

 そう言いかけた時、突然扉が開かれ、漸く和やかになった空気が断ち切られる。

 明らかな迫力と、分かり易いほどの威圧感を感じた。

 それもそのはず、俺のような凡人とは関わりのないような、人間だったからだ。


「おい、こんな所で油を売っているなんて、いいご身分だな」


 外見からして、俺の嫌いなタイプだ。

 銀縁の眼鏡からか、知的な印象を受ける。しかし、その奥に隠された蛇のような双眸そうぼうは、鋭く獲物を睨むだけでなく、大衆を軽蔑し、嘲う。


「誰だよ……この偉そうな眼鏡は」

 小声で傍らの柳に問う。


「先輩、知らないんだとしても、察してくださいよ……生徒会副会長、浅井定治ですよ」

 

 まあ、当然そんな奴は知らん。

 寧ろこのような人間と知り合わなくて、幸福だろうな。

 宇宙人と大差ない連中と関っているから、もう十分だし。


「すみません……すぐに、残りの仕事を……」

 彼女は身の回りを片付け、即座に立ち上がろうとするが、立ち眩みを起こしたのか、倒れそうになる。


「大丈夫ですか?」

 咄嗟に柳が支え、なんとか大丈夫だったようだ。

「使えん。役立たずはとことん役立たずだな」

 軽く舌打ちをすると、心配するどころか、罵倒とは……

 流石に俺も怒りを通り越して、呆れる他なかった。


「酷いですね……人非人」

「ん?何だお前らは?」

 柳が発言してやっと俺たちの存在を認識したらしい。

 しかしその顔触れを見るなり、また勝ち誇ったように嗤う。

 それに堪えられず、俺たちは睨み返す。すると、あからさまに苛立つ。


「チッ……さっさと行くぞ、鈍間!」

 もう隠す気すらないようだ。

 そんな時でも、明川書記は丁寧に一礼して、精一杯平気の振りをするが、もう疲弊しているようだった。

 柳はというと、ずっと拳を握り締め、俺の視線にも気づかず、悔しげな表情を浮かべていた。


「戻りましょう!先輩」

 そう告げると、一人で大きく足音を立てながら、速足で立ち去ってしまった。


「……」


 俺は初めて感情的になったあいつを目の当たりにしたからなのか、怒りが引いて驚きでその場を動けなかった。

 その日、俺は久しぶりに、常識人と会話を交わし、己を取り巻く環境の異質さを再確認すると共に、現代社会の厳しさ、不条理を学習した。

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