第二十八章『安全地帯』

俺が逃げ込んだ——否、足を運んだのは屋上である。

 今の時代だと屋上への扉は大抵施錠されているらしいが、生憎この学校はそういう所は適当、いや業務削減つ、生徒の自主性が何とかかんとかで、規則は相対的に見て、緩いんだろう。

 去年は移動が面倒臭くて、騒々しい教室で慎ましく飯をむ俺だったが、今年はそうもいかない。

 つぶさに言及する必要もない。


「げっ……」


 我が平穏の障害物を目にするなり、歪な効果音が漏れ出た。


「おや、来須君ではないですか」

「こんにちは~」

「栄養摂取中、かひわふはおう……」

「食うか、喋るかどっちかにしろ」

「ちなみに今のは会話不可能と言いたかったぽいです」

 何故、こいつらが……


「やっほ~後輩君!」


 そして場違いな異国スタイル美海先輩

 よく解らない組み合わせである。

 もう詰問の気も失せてきて、床に座り込み、弁当を喰う。


「へぇ~先輩のお弁当って意外に凝ってますね~」

 メロンパン、ではなく柳が不思議そうに俺の弁当を眺める。


「自主制作?」

「ああ、そうだが……何か文句でも?」

「綺麗!美味?美味⁉」

 石見が強請るように俺に詰め寄る。


「く、食うか?」

「遠慮無用!」


 いや、それ提供者の台詞だろ……

 何の躊躇いもなく、俺の卵焼きを強奪する。

 こうなってはやれやれと首を振るほかない。


「時に後輩君、君は何故こんな所に訪れたんだい?」

 美海先輩は専門家気取りの口調で、サングラスをクイッと押し上げた。


「実は……」

 特に話す義務がないとは思ったのだが、どうにも釈然としない為、駄目だと理解しながらも問うてみた。一般常識から逸した、変人どもに。


「アハハ!おっかしい!」

 謎に腹を抱えて笑い転げる、美海先輩。

 大袈裟に呆れた仕草をする小北。

「ははは……」

「鈍感、無自覚、無能……」

 後退る石見と柳。

 

 一体何が問題だったのか俺には見当もつかないが、こいつらが不親切なのは判った。

 その事について熟考していると、静寂を切り裂いて何の変哲もない鐘の音が校内中に波打つ。


「さて、戻りましょうかー」

「撤退、帰還」

「あ~また授業ですよ~」

 無造作に扉を閉め、去り際も五月蠅い奴らだ。


「じゃあ、俺も失礼します」

「あ、ちょっと待って」

「何ですか?」

「後輩君、君もつくづく罪な人間だよ……」

 何かと思えば、意味深なフレーズ。


「えーっと……何が仰りたいんですか?」

「あ~こんな曖昧な表現じゃ伝わらないか~しょうがないよね、後輩君だもんねぇ~」

 相手の意図が全く見えず、首を傾げる。


「大丈夫、君もいつか、彼女ができるから」

 感傷に浸っているかのように、肩を叩く。

「何ですか、その胡散臭いのを通り越して、予言まがいな大嘘は……」

 

 自分で有り得ないと発した言葉が己の胸に突き刺さる。


「じゃ、頑張りたまえ、少年!」

「は、はぁ……」

 

 油断した。あの人の行動の意味が解らない。

 真面な人間だと期待した俺が馬鹿だった……。

 それにしても、何故いきなり俺の恋愛の話題になったのやら。

 今まで、その幻想から目を背けてきたというのに、見下ろしてカップルを見るやいなや、舌打ちを一つ。

 そんなもたもたしている俺に容赦なく、幻想殺し本鈴が火を噴いた。

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