第二十六章『寡黙少女』

「パンケーキ所望……!」

「お前なぁ……」


 石見と二人で喫茶店に入ってお茶をしている構図。

 何故こんな奇妙な展開になったのか説明せねばなるまい。

 



 話は二時間前に遡る。

 俺は適当に話題になった本を読みあさるのを、数少ない暇潰しの手段としているのだが。

 少し足を伸ばしてみようと思って、都市部に来たのが間違いだったのかもしれない。

 何冊か見繕って読む場所を探し求めていたところ、良い雰囲気の喫茶店を見つけて入った。

 一人でテーブル席に居座るのは幾ら空いていたとしてもはばかられ、真っ直ぐカウンター席に座った。

 結果この異様な光景が出来上がるのである。

 当然会話などあるはずもなく。

 沈黙が続いたまま、秒針が細かく疾く何周もする。


「何用……」

「ただ本を買いに来ただけだ。お前こそこんなところで何してる?」

「最良機材探求兼、散策!」

 

 字面とは裏腹にかなり奮い立っている。得意気にカメラを見せられても何もコメントはできない。

 首を横に振るとあからさまにしょんぼりする。何やら罪悪感に苛まれるから控えて欲しい。

 とまあ、こいつと話していると色々と調子が狂う。

 心情は読み取れなくもないが、話題が振れない。

 俺が天井を眺めている間、石見はメニュー表に描かれたスイーツに釘付けのようだ。


「パンケーキ所望……!」

「お前なぁ……」


 そして現在に至る。

 結局俺は茶が無かったので、コーヒーを頼み、石見は印象に反して派手なトッピングの乗ったパンケーキを頼んだ。

 少し経って、皿が運ばれてきたかと思うと、石見は瞳を輝かせて、四方八方から写真を撮る。

 女子高生らしいスマホ撮影ではなく、一眼レフというのがいかにもこいつらしい。

 誰が説明しなくとも、SNS用でないことは明白である。


「撮影、撮影」


 常時、死んだ魚のような顔をしている癖に、その時彼女の表情は一気に明かりが灯った。

 子供っぽくはしゃいで、口には出さずとも陽気な気分に浸っている。


「お前、いつもそういう顔すれば、少しはモテるんじゃねえのか?」

「……!余計、蛇足、失礼!」


 口を膨らませている姿も不自然なくらい幼気がある。

 神楽に負けず劣らずかもしれない。

 身体的には全然違うのだが……

 柄にもなく、変なことを口走ってしまった。

 良くも悪くも、俺はあの女と同類だってことなんだろう。

 怒りをぶつけるように、せっせとそれを口に運ぶ。


「美味!」


 ナイフとフォークを立てながら、精一杯味を表現しているようだ。

 傍から見たら、口元にクリーム付けながら、行儀悪く燥ぐ、痛い高校生である。


「おい、クリームが付いてるぞ」


 勿論指摘しただけだ。

どこぞの恥知らずなラブコメ主人公ではない。

 一瞬子供だと錯覚して、右手でナプキンを掴んだのは内緒である。


「今日、接待、感謝……」

「お、おう……」


 もう少しましな言葉は出てこないのか、と言いかけたが、どうでもよくなった。

 それを見送ると、自分の財布を覗いて気付く。


「使い過ぎた……」


 古めかしい紙袋の中には何冊もの虚構が積み上げられ、財布はずっしりと重くなっていた。



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