第二十五章『文芸復興』

 あの厄介事から早数日、新入部員たちは徐々に馴染み始めている。

 通常の部活だったら喜ばしいのかもしれないが、何故か素直に良いと認めることは出来ないような……

 そんな他人事は置いておいて、今は俺の由々しき事態についてだ。

 あれからというもの、後ろを付いて回り鬱陶しい。


「先輩~案内になってませんよー」

「最初から断ってるだろうが」

「ま~そんな固いこと言わずに~!」


 これなら独りの方が断然いい。

 他の奴らも押し付けてくるし……どうなってるんだ一体。

 この状態で人目に触れるのは憚られ、無意識にここへ行き着く訳だ。

 俺の安住の地は休憩所以外にも確保してある。

 そう、言わずと知れた屋上である。

 広く知られていては、静けさとは程遠いと思われがちだが、時間帯を選べばそうでもない。

 昼休みは誰もいない。それはリサーチ済みということだ。


「先輩、良くも悪くも独りぼっちですねー」

「おい、それ良い意味で使われることないだろ」


 扉を開けた途端に強風が吹き抜ける。

 耳に典型的な音が残るほどに。


「ん?」


 どうやら今回は先客がいたようだ。

 立派なカメラを構え、辺りを歩き回るその様は考える必要もなく、限られていた。


「どうしたんだ、こんなところで?」

「風光明媚、撮影」

「偶然だね~石見さん」


 俺たちが話しかけても、表情と姿勢と相好を崩すことはなく。

 只管ひたすらに対象に向かっている。

 真剣な眼差し、周囲を全く歯牙にもかけないその集中力。

 正しく近寄りがたい、いや立ち入ることの出来ない結界のような。

 うーむ、こんな雰囲気の人間を俺はもう一人知っている気がする。

 喉まで出掛かった心当たりは飲み込んでおき、小さな段差に腰掛ける。

 何故か傍観したくなったのだ。

決してこういう時に話しかけていいものか、経験がないから戸惑っているわけではない。断じて。

 そんな石ころは無視したのか、柳が屋上の鉄柵に身を乗り出す。


「うわぁ~すごい景色ですよ!先輩!」

「あーそう……」


 急に退化した奴の脳と語彙力に付いていけるはずもなく。

 学生グループの社交辞令の同意対応のような無気力で無色な反応を返す。


「美的才能、所持!」


 石見が柳に向かって拳を突き出したかと思うと、親指を立てる。

 言葉は相変わらず意味不明まではいかなくとも、全く足りない。

 だが、確かに感情が発現した。俺にはそんな気がした。


「そうなんです。私はセンスの塊なんですよ!私こそがルネサンスなのです‼」

 何言ってんだこいつ……

「ルネサンスは文芸復興じゃ……」

「訂正、不要!」


 そんな訳でこの空気の中俺は閉じ込められ、全く身動きが取れなくなった。

 でも、少しだけ目の前の光景が懐かしく感じた。

 微笑ましいような、羨ましいような。

 あの曖昧な思い出にはもう終止符を打った筈なのに。


      *******


 俺の名前は但馬基博。

 唯一の趣味は日記を毎日欠かさずつけることだ。

 いつも何処かに赴き、そこであったことを書く。

 勿論感想もだ。

 でも所詮自己紹介にも使えない、ちっぽけで面白みのない習慣だと思う。

 だから俺に真の意味での友人は存在しないのだ。

 いろんな場所のことを話し回って。でもそいつらが興味を持っているのは俺ではなく、その冒険譚だ。

 そんなことはとっくに分かっている。

 それでも自分に、相手に、期待してしまう。

 孤独な旅は格好いいけれど、どこか儚く寂しい。

 部活の事をメモしながら、そんなことを思い浮かべていた。

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