第二十三章『購買戦争』

 購買の前はやはり混んでいた。以前数回買いに来たことがあるが、結局コッペパン(ノーマル)しか買えなかった。

 だがしかし今回は違う。遠慮などせずに人混みに突っ込む‼矢張りこれしかない。


「くっ……せ、狭い」


 流石の人口密度。だがまたあの味気ないものだけなんてとてもじゃないが、耐えられない。

 多少無理をしてでも取らなければ。


「もう、ちょっと……」


 パンの袋を掴んだ。


「もらったー‼」

 勿論心の中で叫んだ。


「はい、メロンパン二つね」

 優しそうなおばちゃんに代金を手渡した。

 

 そして人混みから出てようやく意識を取り戻した。


「へ?」

 何故か、同じパンを二つも購入してしまった。

 しかも、メロンパン?

 真っ先に売り切れるというから運が良いと言えるんだろうが……

 こんな所で運を使ってしまったかと思うと、何やら残念がってしまう。


「流石に二つも要らない、よな……」


 まあ間食にでもするかと考えていると、ふと喧騒の中から一筋その会話が聞こえてくる。所謂いわゆるカクテルパーティー効果という奴だ。


「メロンパン、まだ、有りますか?」

 急いで来たのか、息が上がっている様子だ。


「もう売り切れだよ。また今度頑張んな」

「そんなー……」

 

 どうする……いや俺の社会生命的にはこのままスルーでいいんだろうが、どうにも罪悪感が。

 仕方なく近寄って観察しておこう。

 どうやらその女子生徒は下級生らしく、短髪で明るい印象を受けた。

 容姿はどうでもいいとして、雰囲気としては話しかけても罵られそうではなかった。

 まあ変人とは思われるかもな……


「ちょっと、いいか……?」

「へ?何ですか?何か御用で?」

「お前メロンパンが欲しいのか?」

「ええ。そうですけど……何故なにゆえ?」

「間違って二個買ったんだが、いるか?」


 暫く不思議そうに俺の顔をいぶかしげに見つめていたが、やがて目の前のメロンパンに眼がくらんだのか、瞳を輝かせて元気に言った。


「はい!有難く頂戴します!あなたは恩人です」

「あ~そうだな……」


 掌の物は一瞬にして過去となった。

感謝が露骨すぎて、反応に困る。

 それもそうだ。今まであんな人で無し達に囲まれる渦中に居たのだから。


「あの~一応お金払いますけど……」

「別に要らないが……どうしても受け取ってほしいって言うなら貰っておく」

「じゃあ、素直に貰っておきます!今月金欠なので!」

「堂々と宣言することかよ……」

「ではでは、ごきげんよう!優しいけど変な先輩さん」


 俺は精一杯の苦笑いを浮かべ、それを見送ると、右手に握りしめたメロンパンを見つめる。

 なんかしれっと失礼なことを言われた気がするが……

 まあどうでもいいか。


「やべぇ……昼休みが終わっちまう!」


 いつの間にかあの押し寄せるビッグウェーブのような大軍は消えていて、俺だけがそこに取り残されていた。

 焦って購買の場所から走り始めた。


      ********


「これが今回のリストだ。確認しておいてくれ」

 

 豪華に彩られた部屋の中で、高飛車な態度を取る女子生徒が私にそう告げた。

 この場所は苦手だ。何より彼女から向けられる、忌み嫌うような視線が痛い。


「うーん……意外と今年も多いね」

「嬉しくないのか?」

「事情を知ってよくそんなことが言えるね……」


 笑えない。今のが諧謔だというのか。この人は私たちを人間として認識しているのだろうか。

 その冷たい瞳孔からは何も読み取れない。

 それがどんな感情を乗せていたとしても、私には侮辱としか、皮肉としか受け取れない。

 心が腐っているから。

 その奥に控えている男子生徒と女子生徒は俯いて一言も喋らない。

 この重々しい空気の中、彼女に口答えできる者がいるだろうか。いや、いない。

 良くも悪くも情のない現実主義者。それが生徒会長、東紬あずまつむぎである。


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