第二十二章『不運な新学期』

 もうすぐ。もうすぐだ。

 まもなく三学期も終わり、今の立場もなくなる。

 四月には後輩を持つようになる……のかもしれない。

 光陰矢の如し。月日は過ぎる、目の前を。

 待ち望んでいなくとも、どんなに拒絶しても、明日は来る。

 きっとその瞬間もあっという間に追いついてくる。


「もう……二年生か……」


 柄にもなく白昼夢でも見ているかのように窓際にもたれかかってしまう。

 そういうお年頃なのだ。




 愈々いよいよ始まる。

 大きな白い紙にはこの一年の運命を左右する、文字が羅列していた。

 その前にわいわいと集まる生徒。

 人混みの中で俺は新学期早々肩を落とすことになる。


「嘘、だろ……」


 目を擦りじっとめても、瞬きをしてもその幻は消えない。


 2ー2 小北 朔夜

     神楽 香音

     来須 零士

     堺  美咲

     白河 伊鶴


 運命の悪戯かと疑うほかなかった。

 人生で初めて確率という物を信じられなくなった瞬間だった。

 落ち込む俺を人混みの外で待っていたのは皮肉めいた笑みを浮かべる奴だった。


「どうでした?」

「うるせぇ。分かっている癖に一々聞くな」

 これからの日々を考えるだけで頭痛と腹痛がするというのに。


「全く、不快ねぇ……」

「こちらこそ願い下げだ」

「まあまあ……折角集まったんですから」

「散る桜 卑賎な者への 鎮魂歌」


 この部は、こいつらは、何も変わっちゃいない。

 成長もしてないし、改悪もされていない。

 有為転変すら覆す無茶苦茶に呆れながらも感心した。




 去年はクラスの人間と関わることは殆どなかった。

 かと言って疎外されていた訳でも虐められていた訳でもない。

 ただ「存在を忘れられていた」のだ。単なる背景と化し、自分から擬態するようになってしまった。

 だからこそこれからの一年に不吉な予感がする。


「おはようございます。来須さん?」

「なんで疑問形なんだよ。記憶リセットでもされたか?」

「いや~教室で見る来須さんは新鮮だと思いまして」

「何か用か?」

「用が無くては話しかけてはいけないのでしょうか?」

「知らん。それで他の奴らは?」

「あーその三人ならあそこに」


 神楽が指さす方向を見ると覚えのあるうんざりする気配が。

 教室だろうとお構いなしに黙々と作業をする。

 熱心に取り組むのは良いと誰かが言っていた気がするのだが、少しは人の目を気にして欲しいものである。

 ひそひそと周りで話し始めた。


「これは……駄目そうですね」

「ああ、同感だ」


 こういう時こいつらの傍若無人というかその常軌を逸するほどのフリーダムをかざす精神が羨ましく思えてしまう。

 勿論皮肉でもあるが、人間そうした方が幸せになれるのかもしれない。


「お前は……流石に世間体を気にするんだな」

「おや?それはもっと我儘わがままを言えということでしょうか?」

「いーや、もう一体増えたら手に負えないからな」

「はいそうですか。そんなの言われずとも心得ていますよ」


 拗ねる素振りを見せるが、当然演技だろう。

 「俺は静かに暮らしたい」と異世界チート主人公補正がかかったようにふと思う。


「さて、昼飯でも買いに行くか」


 瞳にこびり付くそいつらの姿を視界から消し、踵を返して獄から離脱する。

 くそ、心配と不安と憂鬱の所為せいで弁当忘れた……

 今日もそんな奴らに結局振り回されている自分が哀れで哀れで自嘲的な笑いを浮かべそうになった。

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