第二十一章『白日の夢』

 特段そっち方面の緊張が無いのは勿論のこと、用意は万端だ。


「いやードキドキしますね」

「心の片隅にもない事言ってんじゃねぇ」

「ゾクゾクの間違いだろ」

「来栖君も大概ですよ……」


 下手な振る舞いをすれば首が飛ぶ、まではいかないと思うがその後の展開が気がかりだ。

 さてどう渡したものやら。

 恐る恐る震える右手を抑え、戸を引く。

 小北を前へ押すようにしてその眼差しを防ぐ。


「こんにちは」

「やあ。待っていたよ!」


 美海先輩が震い付くように弾んだ明るい声音でにかっと笑う。

 その奥にいるのはロード、或るいはドラゴンのように待ち構えている部長。


しかと持って参りました」


 まるで殿様と対峙しているような緊張感を覚え、武者震いという名の震えが小刻みにくる。

 そしてその場にいた神楽、硲先輩、美海先輩に恐る恐る手渡し、残りの二人の分も預けておいた。

 一息ついた俺たちは額の汗を拭い、ほっと息を吐いた。


「いやー九死に一生を得たという感じでしたね」

「そこまではいかないが、やっと終わったな……」


 これで一年の締め括りも完了した。

 俺たちはその余韻に浸りながら、しみじみと追憶にふけった。


        ***


「こんな所に呼び出して……何か用?」


 どうすればいいのか。俺には分からない。

 だからこうした。


「一応これを返しておこうと思って」

「これを送る為だけに文面で指定したの?」

「そう、だけど……」

 何か不味かったのだろうか。


「あとこれも、できれば頼みたいんだが……」

「これ、皆の分?」

「そう……礼はしておかないと。借りを作るのは嫌だからな」

「君がこんな事をするなんて、悪いけど正直驚いているわ」

「まあそうだろうな。自分が一番驚かされているから」

「ここは居心地が良い。ただそれだけで希望が持てると錯覚してな」

 

 そう、これは幻なのだ。

 自分の周りで誰かが笑っていて、壁を全く感じない。

 今までに体験したことのない、心地よさなのだ。


「たまには自分を騙し、欺かないと。命がいくつあっても足りないよ」

「そう……かもな」


 これを渡して元気づけようと思ったのに、いつの間にか立場が逆転している。

 俺が勇気づけられてどうする。

 でもこれが彼女の強さ、いや、あの悲痛な日々で得た新たなる力にして、成長の勲章なのだとその日確信することができた。

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