第十九章『再び、物語が動き出す。』

 そして土曜日。堺に指定されたのは通学路の途中にある、静かな洋風の喫茶店だった。

 優雅に紅茶を嗜む見慣れた光景を目が覚えている。


「時間通りね。許してあげるわ」

「なんで依頼人の方が偉そうなんだよ。第一、なんで態々こんな店に集合したんだ?」

「おや、それは無粋な問い掛けね。静かな室内、お茶も美味しい、良く見知った場所。この上なく最適な所でしょ」

「文句は茶を飲んでからにする」

「あ、ああ……分かった」


 会話の主導権を握られ、上手く受け流された。

 提案された通り、茶を注文する。


「喫茶店に緑茶があるとは……希少だな」

「でしょ?私も驚いたわ」


 テーブルにポツンと置かれた、緑をじっくりと覗き込む。

 湯気が立ち昇り、スーッと消えていく。

 丁寧に湯飲みを持ち上げると、警戒を怠らずゆっくりと啜る。

 完全に苦味を消すというわけではなく、敢えて残留させている。

 そしてそれを乗り越えた先にある、コク深い旨味が体中に染み渡る。

 ポカポカと火照った全身が至福の時を満悦している。


「ほう……こいつは変わってるな」

「満足いただけたかしら?」

「ああ。じゃあさっそく本題に」

「そうね。これが原稿」

「分厚っ!これ全部か?」

「当然!だから時間を早くしたんじゃない」

「やるしかないか……」

「ここランチメニューも充実してるし、ゆったり出来るから大丈夫よ」

「俺が大丈夫じゃないんだが……」


 それから昼食を摂るとき以外、ほとんどをそれに費やした。

 作品の完成度は予想以上に高かった。相変わらず惨いけどな……

 俺はホラーに詳しくない為、何とも言えないが、固唾を飲んで物語を見守った。

 堺はじっと俺の方を見ていたが、ずっと舐めるように見つめられても困るので、スマホを弄ってもらった。

 読み終える頃には陽が傾き始めていた。


「ふぅ……読破だ……!」

「お疲れ。で、どうだった?」

「やっぱり完成度が高いな。情景描写も丁寧だし、怖さが演出されてる。でも……」

「でも?」

「明確な魅力が足りない気がする。文章は素晴らしいのに、話題性がないとう感じだな」

「つまり唯一無二のアイデンティティを欠いていると。そういうこと?」

「まあそうだな。独創性も必要だって、前に熱弁してただろ?」

「あんたにしては正鵠を射た指摘ね……見直したわ」


 ホラー作品がどう在るべきなのか俺は知らない。

 だが一つの物語として捉えるならば、感心はすれど、満足に届かない。

 一般に向けた独創性という面に限って言えば、芸術に類似している。

 見慣れた展開、お約束のシチュエーション。共通する要素を多数持ち合わせながらも、その中で自分らしさを表現する。

 かなり地味な工程だが、これが無ければありきたりの物になってしまう。

 ありふれた物を作ったとしても、それは元の素材を編集しただけのコピー。

 そんなものに存在する意味はない、と偉そうな台詞が考え付く。

 最後の一滴を飲み干すと、上着を羽織り、久しぶりの外界へ出る。


「疲れた……帰ったら仮眠をとるか……」

 長椅子にダラっと寄りかかり、呻き声に似た言の葉を漏らす。


「今日の意見は参考にさせてもらうわ。一応礼を言っとく」

「当り前だ。人を何時間も拘束しておいて……」

 ヘロヘロになりながら、紅くなり始めた陽を傍観する。

「いいでしょ。どうせ暇だったんだろうし」

「恩知らずが……!ああ、怒る気も起きない」

 

 堺が光輝いて見える。そればかりか、自信に満ちた表情だ。

 そのせいで怒りを露わにするのも忘れてしまった。


「俺酷評した心算だったんだが……やけに元気だな」

「ネット民の批判に比べれば、痛くも痒くもないわよ」

 

 夕日を背に微笑んで見せた。幼き天衣無縫の彼女を思い出させるような澄んだ笑顔。

 これからも穢れを振り払い、突き進んでいくのだろう。


「じゃあ」

「おう」


 散々あれこれ協議、討論した割には呆気ない最後だった。

 短い別れの挨拶を交わすと分岐して歩いていく。方向が同じというのはツッコんではいけない。

 燃えるような深紅の斜陽の光を浴びながら、薄っすらと笑みを零した。

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