第十七章『節目』
年が明けて数日、冬休みも過ぎて、最初の登校日。
僅かな期待と釣り合わないくらいの不安感に押し潰されそうな今日この頃。
凍てつく疾風は相変わらず、不愉快に鳥肌を立たせる。
始業式は
休みボケで学校に辿り着くまでがより一層辛く感じた。
学問の
「明けましておめでとうございます」
「タイミングおかしいだろ。何で元日に言わなかった決まり文句を今言うんだよ」
「新鮮味があって良いかと思いまして」
「唯でさえ支離滅裂が飛び交うのに、火薬を足そうとするな」
「来栖君も通常通り木で鼻を括ったような態度ですね」
「余計なお世話だ」
「阿保二人、コントは見飽きたから、もっと面白いネタをやりなさい」
「いつ俺らが漫才師になったんだよ。だいたいこの部活にはボケばっかりでツッコミがいないんだよ」
「皆さん個性的というかユニークな感性ですから。凡百の人間を凌駕する思考の持ち主なのでしょう。たぶん……」
語尾でだいぶ信憑性が損なわれた気がするが……
まあこいつらに常識とか求めてないから、がっかりもしないんだが。
このままでは俺も変人を通り越して、宇宙人のレッテルを貼られかねない。
「取り敢えずは、することは無いです!」
「やけに嬉しそうですね……」
「遂に自由だー!」
「歓喜の涙……うるうる」
「変な効果音出すな」
年がら年中、フリーダムなんだがな……
年中無休で自由奔放な楽エン部。
なんだかんだで、俺もここに溶け込みつつあるのに、やっと気付いた。
時はもう既に遅く、歯止めがかからなくなっていた。
寒い季節はまだまだ続き、春の訪れを待つのみ。
一月中も大それたことはなく、のうのうと日常を過ごした。
現在二月三日。イベントの中でも、屈指の影の薄い催し。節分。
余りに暇を持て余し(活動しろ)、豆撒きをやることになった。
小学生までだと思うんだがな……
部長が乗り気なので仕方ない。
「じゃあ誰が鬼やる?」
「……」
場が静まり返る。精々年の数だけ豆を食べるとか、外に投げることを想定していたからだ。
まさか本格的に鬼を立てようとするとは……
夢にも思わなかった。
これは……軽く地獄だな。
「公平にじゃんけんで決めますか……」
「じゃん」
「けん」
「ポン!」
結果として俺がやる破目になった訳だが。
あの時チョキを出せばよかった……と思っても結果論な訳で。
「来栖君が鬼ね。はいこれ」
俺に手渡されたのは素敵なプレゼント……などではなく、歌舞伎で使うような般若の御面だった。
「なぜこれなんです?」
「いや~間違えてそれを持ってきちゃって……まあそんな大差ないからいいかなと思って」
似たような物、なのか?
こんな物が家にある理由が気になったが、兎に角この場をやり過ごさない事には……
「じゃあ、着けるか」
挫けていても長引くだけだと思い、顔にその仮面を装着した。
比喩的な意味ではなく、物理的に。
「どうだ?」
「ひぃ……」
堺と白河が少々怯えて縮こまっている。
小北は苦笑し、美海先輩は……なぜ、爆笑?
「なんとも恐ろしいですね。本物かと思いましたよ」
「の割には、お前棒読みじゃねえか……」
「ふふふ……鬼じゃないし、般若だし……ぷぷぷ!」
「星はなんでそんなに笑っているの?」
「だって、可笑しいじゃん!後輩君最高―!ハハハ!」
大丈夫か……この人。笑いのツボが変だぞ……
「判っただろ?こいつも変人だ」
「は、はい。よく分かりました」
楽エン部(文芸部)=変人(又はそれ以上)の方程式が確立してしまった所で、そろそろ始めなきゃいけないのか……?
「ほら、もっと鬼らしく!」
「お、鬼らしく?」
あたふた戸惑いながら迫真の演技をしてみるが……
「うふふ……」
美海先輩は笑い止まないし……
「実に滑稽ね」
「うるさい、ほっとけ」
「来栖君この上なく不格好ですよ」
「小北。許さんぞ……」
「その仮面被って呻ると迫力ありますね……」
「前が良く見えん」
「来栖さん!そっちは壁ですよ!」
「痛っ!なんだよ……」
視界を遮られ、部室の壁に頭が衝突する。
「では些か可哀想ですが……鬼は外」
「鬼はー外!」
「美海先輩本気で投げないでください!」
豆が正面から飛んでくる。全身に痛みが走る。
思わず本能的に逃げ出す。
「あーあ。また後輩で遊んで……」
「止めないんですか?」
「まあ俺が注意したところで今更従う奴らじゃないし……」
「小田桐先輩も苦労人ですね」
「全くだ。迷惑料を払ってほしいくらいだ」
「あ、行っちゃいました」
「……」
「どうしたんですか?」
「明るく振舞っているが、あいつらも相当苦労した筈だ」
「あの二人がですか?」
「ああ。それこそ俺には想像もつかないくらいの——」
「……」
「さて追うか」
「そうですね」
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