第十六章『二度目の遭遇』

 晴れて新年。実感も湧かないままその音色が響き始めるのだ。

 清爽に照り輝く朝日に急かされるように、俺は出発した。

 空気が澄みきっているからか、いつも以上に体感温度が低い。

 別にお参りは必要ないと強がってはみたが、神の祟りを畏怖して馳せ参じることにした。

 焦らなくてもよかったのだが、何故か気持ちが逸ってしまう。

 冴え渡った青に包まれ、いつになく気分がいい。

 普通といえば、普通なのだが、素直に嬉しくなれない悲しき性。

 集合時間よりも二十分早く着いてしまった。もう少し寝れたな。


「げっ……」

「何だそのクラスの最底辺オタクと鉢合せになったような反応は」

「惜しいわね。オタクではなく陰湿な陰キャに遭遇したときの反応よ」

「どっちでもいい……」

 謎の茶番のおかげで少なからず場が和んだ……よな?


「実際あんたも似たようなものだから、否めないわけだけど」

「いやそこはせめて否定してくれよ……」

「以前にもこうなった記憶があるんだけど?」

「そうだな……良くも悪くも腐れ縁か」

「最悪の拘束ね……柵にでも括りつけておきたいわ」

 

 部員旅行のときも同じ状況になった。

 行動パターンが同じということだろうな。


「飲み物、飲み物……ん?」

「どうしたのよ」

「自販機が見当たらん」

「確かにここの辺りにはないわね……」

 

 まあ神社の近辺だからそれもそうか……

 境内に置いてあったら罰が当たりそうだもんな。


「お!あんな所に店が!」

「ちょ……ちょっと!私を置いていくんじゃないわよ!」

 

 一目散に老舗っぽい店へ駆け出していく。

 すると店番をしていたお婆さんが目を丸くして、俺の方を優しく見つめた。


「何か、ご注文ですか?」

「団子とお茶をください」

「はい、少しお待ちください」

 速やかに金を払い、それらを受け取る。

「美味いなー生き返る」

「あんたなにのんびりしてんのよ……」

「まだ時間あるから少しな。食べるか?」

 団子をもう一本取り出し、手渡す。

「特別にもらっといてあげるわよ。団子に罪は無いしね」

「まるで俺は有罪だといっているように聞こえるんだが……」

「あんたが無実な訳ないでしょう。存在していることが罪なんだから」

「それはまた笑えない冗談だ」


 俺の食料を分けてやったのに、酷い言い草だ。

「本当に罪人よ……あんたは……」

「ん?なんか言ったか?」

 お茶をすすっていたから耳に届かなかった。

「何でもない。ほら十分に休息は取ったでしょ」

「それもそうだ。長居するのも迷惑だからな」

 

 お婆さんに感想と礼を二百文字以内で簡潔に伝えたところで、そこを出る。

「にしても、あのお茶は美味だったなー」

「饒舌ね……」

「市販の物より丹精込めて作られている感じがして、懐かしさを感じた」

「あんた学生でしょ……」

 堺のツッコミすら気にならないほど、気分がいい。

 そうこうしているうちに直に集合時間だ。

 戻らなくてはなるまい。

 

 既に全員集まっているようだった。

「おや、一緒に何処どこへ行っていたの?」

「もしかして、デートですか?」

「そんなわけあるか。新年早々失礼な奴だな……恋愛脳にでも転換したのか?」

「まさか。そんな屈辱死んでもお断りです」

 うーんその二択だったら俺は命をえらぶんだがな……

 いずれにせよ心外だな。バカップルと同等の扱いを受けるとは。

「じゃあ全員揃ったことですし、参りましょうか」

「いいえ。もう一人来ることになってるわ」

「え?楽エン部のメンツはこれで全員じゃ……」

 その疑問を搔き消すように遥か向こうから、やかましい叫びが響いてくる。

「ごめーん!空港が混んでてさ……」


「なっ……あなたは……」

 いつかの迷惑な女子高生(先輩)!


「お久しぶりだね!後輩くん!」

「どういうことですか!部長?」

「来栖君は初対面だったね。白河さんも」

 いえ。初対面ではないです。俺と白河はこの人のことを知っているが、知らなかった。


「俺たちだけ?堺、小北、神楽知ってたのか?」

「はい」

「そうですけど」

「当り前じゃない」

 なんてこった……不親切な奴ら。そんなだから唐変木なんだよ……


「聞かれなかったので……」

「普通まだいるなんて想像しないだろ!」

「……」

 驚きのあまり彫刻のように固まった白河。

「まあそういう事だから。私は美海星。よろしく!」

「は、はい……」

 

 握手を半ば強制的に交わすことになった。

 まだ厄介な人が残っていたなんて……

 休憩で養った英気はどこへやら……雲散霧消して姿を消した。

 サングラスから覗く、左右異色の双眸そうぼうが軽率に呵々大笑した。




「参拝済まそうか」

「ですね」

 参拝しに来たのはいいものの、これといって大した願望も夢も持ち合わせていない。

 無難に健康でいいか……

「願わくは 楽に金を 賜りたい」

「おい……」

 歪みすぎだろ……まあ俺がとやかく言う権利はないんだが……

「ご利益あるといいね!」

 未だにこの人のことは摑めないし……

 呆気に取られていると、熱心に手を合わせる堺の背中が目に入る。


「何をそんなに一生懸命?」

「ひゃあ……!」

 全く気が付いていなかったらしく、歪な音が漏れ出る。

 そして案の定俺を般若のような形相で睨み付ける。


「殺すわよ……」

「す、すまん」

「迂闊だったわ、私としたことが……」

 

 しまった。不機嫌にさせてしまった。自分から被害を増大させてどうすんだよ……

 安易な行動は慎まなければ。


「じゃあ、次!御神籤いってみよう!」

「やけにハイテンションだね……あかりん」

「では早速引いてみるか……」

 すっかり存在を忘れかけていた、小田桐先輩が引く。

「なに……」

「どれどれ……」

 消沈する先輩の御神籤を覗き込む美海先輩。

「大凶……」

「ど、ドンマイ……」

 明るく振舞っていた美海先輩もフォローし損ねて、言葉を濁す。


「じゃあ次はあかりんと私で……」

 あかりんとユッキーって……

 凄い仲いいんだな、この二人……

「どれどれ……」

「中吉か……」

「私は小吉」

「まあ、悪くはないね」

 

 順番的に次は俺たちだな。

 百円玉を投入して、準備はオーケーだ。

 昔ながらのガラガラと鳴る六角形の木箱を振る。

 ちなみに小北は末吉、神楽は小吉、堺は凶、白河は大吉だった。


「末吉ですか……」

「小吉ですー」

「あんたたちなんてましな方……私なんか凶よ」

「誉れなり 最高潮の 我が新年」

 

 俺は……

「大吉!よし!」

「あんたが私よりも上なんて……屈辱だわ」

 腹いせに俺を責めるな……

「御神籤を 引きし今日は 素晴らしき 神の導き これぞ僥倖」

「お前は満足気だな……」

 筆舌に尽くしがたい違和感だ……


「まあたかが御神籤ですから……」

「元気出してください、堺さん」

 小北と神楽が慰めている。

「それもそうね、私が神を殺すわ……」

「は?」

 なんか訳分からんこと言いだしたぞ……

 これは重症だな……そっとしておくか。

 御神籤を引き終わった一行は一旦神社を出る。


「十一時半か……早いな」

「ついでに昼食を取りません?」

「よし。乗った!」

「まあそれでいいんじゃないかしら」

 多分満場一致で昼飯を食いに昔ながらの商店街へと足を運んだ。


「何を食べましょうか……」

「あ!あそこに喫茶店があるからそこで良いんじゃない?」

「そうですね、反論もないようですし、あそこでいいと思います」

 斯くして喫茶店に寄ることになったんだが……

 なんだこの席の割り振り。

 隣に美海先輩。前に堺。居心地が悪すぎる。

 斜めには神楽が居り、男一人では肩身が狭い。

 

 対してあっちは小北の隣が小田桐先輩、向かいに硲先輩、白河とバランスが良く、均衡が取れている。

 大吉だったのに……神様の嘘つき!

 つくづく運がないな……


「何を頼みますか?」

「俺は緑茶」

「緑茶は無いです……」

「何!」

「諦めなさい……」

 まさか、緑茶が存在しないとは……

 ここは日本ではないというのか……


「じゃあコーヒーとホットサンド」

 妥協せざるを得ない。致し方無いか……

「私はオムライスとアイスティー」

「美海先輩は決まりました?」

「いや、私はまだ……もう少し待って」

 意外に真剣に悩んでいるのを見て、少し驚いた。

 

 あんなにヘラヘラしていたのに、こんな険しい面持ちになるのか……

 神楽とは別の意味でギャップがあるなぁ。

 気になって観察していると、眼が合ってしまった。

 慌てて逸らすが、クスリと先輩は口を綻ばせて微笑む。


「私パンケーキとカフェオレね」

「はい、承りました」

「すみませーん」

 神楽が注文を店員に伝えている間、美海先輩が蠱惑的な笑みを浮かべて、俺の方を見物している。更に堺も苛立った表情でダートのような視線を飛ばす。

 これが噂に聞く、修羅場というものなのだろうか。

 何股もかける実力も魅力も根性も勇気も話術も無いけどな……

 神楽に助けを求めても、嗜虐的な笑顔で追い返されるし。

 この世界には女神も天使もいないのか。

 酷薄すぎるぜ……

 料理が運び込まれると、不穏な雰囲気が弱まる。

 余計なことは考えず、料理を口に運ぶ。


「うん、美味い」

 食レポのようにスラスラ細かい感想が出てはこない。

 が、予想通りの美味だ。

 柔らかいパンとフレッシュなレタス、程よく火の通ったベーコンが協和音を奏でている。

 まあ美食を堪能できる空気ではないが。


「わあ、おいしそう!」

 寂しく美海先輩の歓喜に満ちた声が響いているのだが、本人はそれに気づいていない。

 所謂KYというやつか?

 気まずさを拭い切れない中、個々のグルメを噛み締めている。

「うん!美味だね!」

 幸せそうに美海先輩が頬に手を当てている。

 その笑顔にどこか偽りがあるように感じた。神楽の時とは別の嫌な予感。

 交錯する意思の中に不安と疑念を垣間見つつ、新年の到来を喜べない自分がいた。

 新世界の神は未だ顕現していないようだ。

 



 初詣を終えた部員たちはその場で解散した。

 まあ兎に角、また事情聴取だな……


「おい、神楽」

「はい、何でしょう?」

 冬の乾いた空気に口笛が反響する。


「態とらしくとぼけるな。絶対お前の仕業だろ……」

「決めつけは良くないですよ?」

 神楽が意味深に微笑む。確定だな。


「何をしたんだ?」

「ちょっと念を押しておいただけですよ」

「お前な……」

「私の正体が暴かれてしまったようですね」

「なんでそんな他人事なんだよ」

「体育祭の時にばれたんですから、来栖さんの所為では?」

「責任転嫁かよ……」

「口止めは徹底してあるので、大丈夫ですよ?」

 こいつが堺を脅したのは目に見えて分かる。

 それでギクシャクというか、言葉数が少なくなっていた訳か……

 なるべく内密にしておきたかったが、しょうがない。

 当事者よりも俺が懊悩おうのうしなければならなくなるとはな……

 先が思いやられるこの部活。まだまだ問題が眠っていそうだ。

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