第十四章『静かで神聖な夜』

 遂にクリスマスパーティの日がやってきた。

 全員招集する気でいる、自信満々な神楽を中心に小北と俺で進めてきた。

 協力したからには出席しなきゃダメか……


「ではさっそく……乾杯!」

「「乾杯!」」


 世間一般では「メリークリスマス!」とやるのが主流だが、この部では結局こうなってしまうらしい。恐らく忘れたわけではない……と思う。

 気がかりになってはいたが、大丈夫そうだな、あの三人。

 まさか一晩寝て元通りになるのは誤算だったが……

 結果オーライか。


「早速何する?」


 一番乗り気の部長がウキウキしながら問う。


「では無難にしりとりで」

「そのままだとつまらないわね……」

「何か追加ルールを考えますか?」

 小北が提案すると、皆真剣に考えだす。


「じゃあ手始めに四字熟語にしましょう」

「順番は神楽、俺、小北、堺、部長、白河、小田桐先輩でいいか……」

「では私から天変地異」

「一石二鳥」

「雲散霧消です」

「また『う』?有為転変」

「終わってんじゃねえか……」

 というか純粋に選択肢が少なさすぎる。


 如何いか此処ここの部員どもが遊び慣れていないか解って頂けただろう。


「お題が悪かったですかね……」

「そういや、あんまりゲームについて話し合ってなかったな……」

「困ったときは……」

 部長が鞄からごそごそと何かを取り出す。

「トランプでしょ!」

 

 その後、七並べ、ポーカー、神経衰弱、大富豪など殆ど遊び尽くし、ボードゲームをやりだす始末。気が付けば時刻は六時を回っていた。

 用意していた菓子、食べ物も底をつき、良い頃合いだ。


「そろそろ帰るか」

「それもそうですね」

「俺も帰る」


 いつも通り感情が籠っていないように聞こえる機会音声が今日は妙に弾んでいるように感じられた。


「お先にどうぞ」

「部長たちは帰宅しないのですか?」

「私たちはやることがあるから」

「そうですか、最終下校前にはちゃんと終わらせてくださいね」

「肝に銘じておく」


 宴の後何をするつもりなのか定かではなかったが、嫌な予感がしたのは確かだ。


         **


 最近珍しく人生の意味を見出せるようになってきた気がする。

 青春というありふれた言葉で説明できる程、単純な日々ではなかった。

 表現するならば、灰色が漂白されていくような感じだ。

 回想するのも嫌になるくらいの恥が現在を蝕む。

 両親は幼い頃から教育には厳しくて、寝る間も惜しんで勉強に励めと教えられた。

 娯楽も友達と遊ぶことも許されなかった。

 そんな生活を続けていたら、限界が来た。

 どんなにやっても、頭がクラクラして覚えられない。

 かんばしい成績が取れず何度も「将来が心配だ」と繰り返し叱られた。

 ここで漸く対抗心が生まれてきた。第一反抗期では一切芽生えなかった、親に背きたくなる情動。

 そして遂に中学生で脱出に成功した。

 中学になってからは過去に珍しくプレゼントされたパソコンにのめり込み、すぐに扱いに慣れた。

 だが僕の考えは甘かった。友達を作ろうと思っても、その為の知識、経験が欠落していて、とても仲良くなれる様子ではなかった。

 独りでいると、次第に好ましくない輩が近づいてくることがあった。

 女子人気が良くて、生意気だと殴られた。腹が立つと虐められた。

 無知だった僕は業腹で半狂乱になり、理性が追いつかなくなっていた。


「ふざけるな!好きでこうなったんじゃない……有象無象全て無くなってしまえばいい!」

 

 怒りで我を忘れ、自分が自分ではないみたいだった。

 メッセージアプリのアカウントを乗っ取り、内輪揉めを引き起こさせ、個人情報を流出させて、僕の視界に入らないように追いやった。学校もハッキングして、教師も辞めさせてやった。

 歯向かうものは会話を録音または録画して、学校側に提出して、停学・退学に陥れてやった。

 しかし、徐々に飽きてきて人生の意義を見失っていた。

 親の指示、教えで勉強を只管ひたすらして、友達もできず、感情のままに暴走する。

 そこに愉悦できることなどあるだろうか。人間らしさとはなんなのか。

 非人道的な行いを繰り返してきた僕にとって、かなりの難問だった。

 今自分は何の役にも立っていない。馬鹿にして蔑んで足蹴にしてきた芥共よりもだ。

 芥以下……

 それが自らの評価で導き出された己の価値。

 自暴自棄になって全て投げ出した。


「無意識にここに来てしまった……」


 遥かな高さから眺める地上の景色。ここから仰ぐ青空は地べたから見上げるのとは全然違い、手が届きそうで届かない。

 その煩わしさに浪漫ロマンを感じ、雲霞を目で追い続ける。


「この頃の騒ぎは君の仕業だね?」

「何だ。言いがかりはよせ」

「犯人はみんなそう云うんだよ」

 自分より上の学年らしかった。だが反射的に攻撃的な態度になってしまう。

「証拠ならあるよ。ほら」

 持っていたノートパソコンを前に出して見せる。

「それは……ハッキングの痕跡……」

 その痕跡は誰も気づかない、少しの切り傷で。

「これを見て瞬時にわかるのが何よりの証拠だよ」

「は……」

 終わった……これが見つかれば、僕は糾弾され刑よりも辛い天罰を受ける。

 でもそれもいいか……もう僕の存在意義は無い。

 せめてもの償いとして謝ってそれから……


「私はこれを公表する気はないよ」

「は……?」

「だから……」

「いやちゃんと聞こえてます……なんで……」

「それはさ……」

「君が優秀な人間だからだよ」

「優秀?どうしようもないクズですよ?」

「この際、クズかどうかは関係ない。君の情報学、電子工学についての才能を高く評価しているんだよ」

「何をすればいいんですか……」

「うーん、そうだな……私たちの部活に入ってもらおうかな」

「それだけ……ですか?」

「うん。それだけ……君は将来に向けて技術を極め、人々の役に立つ。それこそが最も理想的な贖罪だと思わない?」

「なるほど」

 

 理想。その言葉が神妙に腐った精神に響いていく。

 罰を受ける、謝罪するそれだけが償いではない。そうあの人が教えてくれた。

 親以上に色々なものを享受してくれた。

 だから僕は今も償いを続けている。

 この部に所属することで。提示された夢を追うことで。

 希望を探求し、自らの責務を全うする。

 それが自分にできる最低限の行い。

 終わりから始まりへと移り変わる為に。

 青春を謳歌すること自体、本来は許されないはずなのだ。

 でも今この瞬間がどうしようもなく、楽しく愛おしい。

 孤軍奮闘、傲岸不遜しか頭になかったあの頃には二度と戻らない。

 烙印を押されるのを先延ばしにされただけでは、あの人に申し訳が立たない。

 不意にそんなことを思い出してしまった。

「そろそろあの人が帰って来る頃ですね……」

 街の灯りと競り合うように漆黒の宙に星が輝く。

 月はどこまでも自分を見透かしているようだった。

「おい、どうしたんだ?さっさと駅行くぞー!」

「はい、今行きますよ」

 考え事をしていると、純粋な彼の声が耳に入ってきた。

 仄かに灯る黄金が鋭く弧を描いている。

 人生も捨てたものではないかもしれない。

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