第五章『青春の半分は祭りで出来ている。』

 それから数週間が経ち、遂に全く待ち望んでいなかった文化祭が否応なくやってきた。

 当日にはする事が無い為、ぶらぶらと校舎の中を歩き回ることにした。

 一年の階を見回しながら進んでいく。

 人でごった返している程でもないが、混雑しているようだ。

 盛況でなによりだが、俺のような独り身には心なしか肩身が狭く感じられる。


「おや、来栖君ではないですか」

「知らん。そんな名前の人は知らん」

「それは新手のギャグかなにかですか?」

「いーや、お前と顔を合わせると悪寒がするからな」

「堺さんも毒舌ですけど、あなたも大概ですね……」

「幼馴染だからだろうな。非常に嘆かわしいが」 

 

 本当に嫌な奴に遇ってしまった。

 言うなれば、極楽で閻魔に会うという感じだろうか。

 いや、ここは極楽でも天国でもなかったな……寧ろ逆。


「お前は何してるんだ?こんなとこで」

「何って、見れば解るでしょう」

「いや、解らないから尋ねている」

 

 さっきから突っ立ってるだけで何かをしているようには見えない。

 哲学か、将又はたまたなぞなぞか?


「委員長にここに立っていれば良いと言われたので」

「あ、なるほど。なんとなく理解した」

 

 要するに客寄せパンダだな。

 こいつ容姿だけは遜色ないもんな。見た目だけは!

 俺は途轍もない劣等感にさいなまれた。

 歯ぎしりをした後、意味深に歯を見せた。


「あのー分かっているのなら、教えて頂きたいんですけど……あと顔が恐いですけどどうかしました?」

「別に。お前には死んでも教えないと今腹を決めた」

 

 勿論、腹いせ、仕返し、倍返しだ。


「はあ。意地悪を決心するとは、あなたも変な人ですね」

「お前にだけは言われたくない」

 

 ポカーンと唖然としている小北を置いて、俺はそこを後にした。





「どうですか?展示会は盛況ですか?」

「うーん、悪くはないんだけど… …」

 

 人が入っていない訳ではないらしいが、矢張り好調という訳でもないらしい。

 熾烈な戦いを繰り広げる学園祭の傍ら、ひっそりと佇む部室。

 本校舎からはかなり離れているため、ここを訪れるものは余程の物好きか知り合いのみだ。


「今一ですよねー」

と神楽が首を傾げながら残念そうに呟く。


「分け入っても 分け入っても 青い春」

いきなり出現した白河が悲しそうに詠む。

 くさむらのエンカウント無しに、野生の小動物のように。


「何で行き成り自由律なんだよ。しかも殆どパクリじゃねえか」

「オマージュ パクリ違う 正義じゃすてぃす

「なんかリズムおかしくないか?」

 

 何を動揺しているのか。謎を歯牙にもかけず継続する。


「定義とは 即ち我が ルールなり」

「暴論だな……」

 

 これが通常運行だと部長は苦笑いを浮かべていたが、物寂しさは拭い去れない。


「じゃあ私はクラスの方があるから」

「了解です。受付やっておきますね」

「私も少し用事が……」

「色々と 多忙なのだ この凡人」

 

 堂々と混ざって立ち去ろうとするそいつの襟を掴み、自由の羽をいだ。


「お前は暇だろうが……」

「汝の脳 蟹味噌では なかったのか⁉」

「ふざけんな。俳句を詠むのに声を荒げるな」

 

 蟹味噌が季語なのかは存じないが。将又無季俳句なのか。


「お前も受付だ。いいな?」

 

 返事をする代わりにこくりと頷き、俺の隣に腰かけた。

 俳句以外では殆ど話そうともしないな。

 こいつの事情も測りかねる。なんでこんな面倒な奴しかいないんだ、この部活は……

 それにしても……


「本当に誰も来ないな」

 

 客がいなさ過ぎて暇を持て余す。部長に頼まれたから離れる訳にもいかない。

 横のこいつは暇つぶしにすらなりそうも無いし。

 こけしのような顔をして、ずっと固まっている隣人を見る。

 下らないことでじっくり悩んでいると、遂に一人来訪者が……


「へぇーここがユッキーの言ってた所ね」

「何も在りませんが、どうぞご自由に」

「君、新入生?横のあなたも」

 

 俺も白河も戸惑いを隠せず、赤べこのようにコクリコクリと首を縦に動かすだけ。

 そんなあどけなさが混じった俺たちに構いもせず、自由奔放に練り歩く。

 自由にとは言ったけども……

 今どきの典型的な女子高生と判別できる着崩した制服からして、先輩なのだろう。

 正直あまり関わりたくないタイプだ。

 女子高生に並大抵の日本語は通じない。ある意味この部の部員たちとそう大差ないな……

 この人はエキゾチックな容姿をしているから更に難易度がアップしそうだ。

 肩まで下ろしたポニーテールを煩わしく揺らしながらこちらへ再度面を向ける。


「うーん、いまひとつだね……」

「鑑賞していて面白い物でもないですから……」

 

 冷や汗をかいて説明をしながら、白河とアイコンタクトを取る。


(お前も対応手伝え!)

(この人、生理的に無理)

 

 また溜息を一つ。


「じゃあ私はそろそろ行くね」

 軽く手を振りながら、明るく口を綻ばせながら、彼女は立ち去る。


「結局何だったんだ?」

「奴は敵? 若しくは味方 女の敵!」

「はいはい、そうだな……」

 

 もうツッコむのもしんどくなってきた為、適当に流した。

 あの人には二度と会いたくないな……

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