第四章『歌の明星』
文化祭へ向けて着々と準備が進む中、俺にも漸く仕事が与えられた。
「やっぱり雑用か……」
致し方ない。何も展示しないのだから。
確率は目に見えて百%。自由を与えられる筈もなく。
壁を磨き、飾りを作り、備品の管理をする。
至ってシンプルだが、案外面倒だ。
「文化祭 憎悪に浸る 男かな」
荷物置き場の棚の物陰から、幽霊のように現れたそいつは哀れな男を見るやいなや、一句詠んでは、俺の顔を
立ち振る舞いだけは一丁前の歌人のようだ。
ちょっぴり薄気味悪いこの女。中々に曲者である。
「俺が忙しそうにしてるってのに、呑気だな、お前」
「我が使命 句を読むことと 見つけたり」
ふざけた世迷言を並べ立て、優雅に目線を背ける。
「ああ、そうかよ。じゃあ邪魔だから端っこ居ろ」
今の会話を聞いていれば明々白々だろうが、こいつがもう一人の一年生部員、白河伊鶴。
無表情なため、不気味がられる奴だが、慣れてくれば、大体の心情の変化は観測できる。
分かるようになってしまった自分が怖い。
他の男子が言うには大和撫子らしいのだが、今一理解できない。
可愛げの欠片すら感じられず、本当に女子高生なのかと神楽とは別の理由で疑る。
「己が職
「言われなくても真面目にやってる」
「それならば いいのだ愚かな
「誰が木偶の坊だ。気が散るからあっち行け」
「Go away」のジェスチャーをするのも面倒になってきた俺を歯牙にもかけず、自分だけの世界に入り浸っている様子だ。
踵を返し、白河は作業場の方へと歩いていく。
揃いも揃って俺を罵るのはいい加減うんざりだな。
仕事が一段落したところで、部長へ報告する。
「入口周辺終わりましたよ」
「オッケー。ありがとう。次は展示スペース辺りを頼める?」
「はい了解です」
部長権限は大して効果があるわけではないが、この人の願いに背く理由もない。
少なからず部長を尊敬しているということもあるんだろうが、どうもこの人の依頼を断れる自信がない。
最終的に部室の装飾を全て引き受けることになってしまった。
どうせ何もしないから別に気にしないが。
「あら、珍しく働いてる。殊勝な心がけね」
高飛車な態度を取りながら女王様気取りかこの女。
典型的なその挙動に呆れは加速していく。
「お前は少しも変わろうとしないな」
「何言ってんの?変わろうとするなんて馬鹿馬鹿しい話ね。環境に適応できなければ死ぬ。それが自然淘汰よ」
誰かが言った。時代を、厳しくて理不尽なこの社会を生き抜けるのは強い者ではなく、適応できる者だと。ここはある意味ガラパゴス諸島なのかもしれない。
「性に合わない難しい話持ち出しやがって……」
「ふふ。こういう事言ってると頭が良さそうでしょ」
その考え自体浅はかだと思うが……
まるで図書館に行っていると頭が良さそうに見える理論を提唱する愚民のようだ。
「いつも不機嫌そうなのに……なんかあったのか?」
「何でも」
俺をおちょくりに来ただけなのか、不条理なものを聞かされた。
それにしても……何があったのか嫌でも気になるな……
自惚れていたつもりは無かったが、堺について全然知らなかったことに再度驚かされた気がした。
********
本当に彼らはここに居ていいのだろうか。
この檻の中で当たり障りのない行動、発言をして生きていくのだろうか。
まるでここは箱庭の中でも隔離された鳥籠のようだ。
事実や過去を隠すことを許されても、結局見せ物。
一般のコミュニティには属せない。
注目されるのも貶められ蔑まれるのももう嫌だ。
集団のリーダーといっても、そもそも互いの認識が違うかもしれない。
彼らが私のことを仲間だと思ってくれていないとしても、私は強く
「あのー次の仕事は……」
「あ、ちょっと待って」
上の空の耳に彼の声が響く。
そんなに大きくない筈なのに。
現実に引き戻された。
**
文化祭に向けて通称楽エン部が連日稼働していた。
僕の作業もそろそろ終わりそうだ。
文化祭といっても楽エン部の活動は慎ましく寂しいものだ。
寧ろそちらの方が好都合なのかもしれないと思ってしまう。
この部の実態・真意を知れば。
そんな都合のいいものがある筈がない。ずっとそう疑ってきた。
だが部員たちを見ているとそんなことを打ち明けられる雰囲気ではない。
世の中には知らない方がいいこともある。
結局そうなのだろうか。真実を通告された所で対応する術がなければ、強くなければ意味はないのだろうか。
今日もパソコンに向かい、日記を
「もうすぐ文化祭。
誰にも届かないメッセージを懐で温め、伝える日が来ないことを星に願った。
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