第二章『ロスト・エデン』

 正直俺も長すぎると思うのだが、名前などどうでもいい。

 こんな無茶苦茶な部活が成立しているのは幾つか理由がある。

 

 一つは才能ある(?)生徒が集められて結集されているからだ。

 かつて映画を作っていたこの高校の生徒たちの作品が一躍有名になったことが始まりだと言われ、彼らがこの部活を作ったのだとされる。

 学校側も承認しており、むしろあちらの方が食いついているのだ。

 学校側にもメリットが多いということなのだろう。現金な話だ。どす黒い金の匂いがする……

 

 そして二つ目は先程も言った通り莫大な利益を齎しているからだ。

 ここの生徒が有名になれば評判は鰻上り、右肩上がり。賞を取ることで、学校内でも広く噂となる。希望の象徴ということだろうか。

 いずれにせよ、学校側のメリットも十分にあるということが見て取れる。



 ——と長々と語った訳だが、実際は部活自体が形骸化している。

 伝統、歴史、栄誉。この学校に嘗ての駿才たちが遺した産物。

 殆どが太古の昔の伝説だ。

 この現実を知るのは内部の人間のみだ。

 現在、表向きでは文芸部で通っているらしい。

 文芸部とは、何をしても違和感が無いんだろうか。

 良くも悪くも外部からの干渉を受けない。自由極まりない部活だ。




「それにしても仕事が多いわね……よし阿呆手伝いなさい!」

「一応聞いておくがそれは誰だ?」

「あんたに決まってるでしょ。思考回路腐ったの?」

「よくもまあ次から次へと悪口が出るもんだな……」

 慣れというのは怖いものだ。まあ一々心を痛めていたら切りが無いからな。

 そんなどうでもいいことを思い返していると、先輩たちが帰ってきたようだ。


「どう?準備は?」

 

 俺らの先輩は二人しかおらず、何れも二年生。

 朗らかに歩いてきた彼女は硲由希はざまゆき先輩。主に詩を書いているそうだ。

 我らが部長であり、皆を取りまとめる凄い人だ。

 正直言ってこの部で最も真面まとも、いや唯一素晴らしい人間かもしれない。

 他の部員は色々と問題があり、コミュニケーションもろくに取れない。

 部長の説明に力を入れすぎて、もう一人を忘れていた。

 

 横にいるのは小田桐隆一郎おだぎりりゅういちろう先輩。主に作曲に打ち込んでいるようだ。

 能力自体は非凡の域に達する天才らしいのだが、意思の疎通が困難だ。

 常時ヘッドホンを装着しているから余計にそうなるのかもしれない。


「うーん……まだ具体的に決まっていないんですよね……」

「展示する作品のこと?」

「はい」

「私もです。何を描いたらいいかインスピレーションが……」

 

 堺は小説を出すことを躊躇ためらい続け、やっと展示すると決めたもののどこをどう直していいのか、分からないらしい。神楽は……何で描いていないんだ?


「僕はできました。最終調整をすれば完成です」

「おお、お前早いな」

「当然です」


 感心して声を出したら、忌々いまいましいどや顔が返ってくるとは……なんか腹立つな。


「あなたは何も出さないんですか?」

「愚問だな。俺が何かを創っているとでも?」

「それは残念ですね」

「頭の片隅にも無いことを言うんじゃねぇよ」

「あんた出せないんでしょ?馬鹿だから」

「毎度毎度お前も飽きないな!最後のは蛇足だ」

「来栖さん本当にいいんですか?」

「いいんだよ。俺にはそんなことする気力も資格もない」

「まだそんなこと言ってるの?いい加減蒸し返すのはやめたら?」

 

 堺の意見、見解はおおむね合っていると思う。何か成果を上げないとここには居られなくなる(多分)。

 だが、だから何だと言うのか?俺は部活存続の為の一時的な穴埋めでしか無いのだ。

 

 才能も情熱も実力も持ち合わせてはいない。無いものを求めるほど愚かではない。

 次の部員が見つかるまでの辛抱だ。


「ちょっと出てくる……」

 

 身悶えしそうな沈黙から一刻も早く抜け出そうと、扉を雑に開け、豪快に閉める。

 学校に俺の居場所はない。何が楽園だ。桃源郷も蓬莱山も天竺も所詮幻想に過ぎない。

 そんな存在もないものを追い求めるなど栓無き事だ。

 

 ましてやそんな場所を作るなど言語道断。

 世界が悪いのだと自己弁護をする気も起きず、地面と向き合いながらとぼとぼ歩き出した。

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