第8話 遠距離生活開始

日本を発った涼真は一人でアメリカに向かう機内で仕事をこなしていた。というのは、彼が配属になった部署は国際物流管理課という彼にとっては今までやってきた業務とは異なり、新たなチャレンジとなるのだ。だからなのか、彼は上司に事前に別の課の研修資料と業務マニュアルを読みながらこれから行う業務の予習をしていた。


 そして、日本を発ってから十六時間後、彼は無事にニューヨークに到着した。彼はアメリカには五年前に留学プログラムの一環として、入国したことはあるが、今回は長期滞在のため、手続きに手間取っていた。それだけでなく、荷物は衣類と小物だけだったが、後日、航空便で残りの荷物が到着することになっていた。そして、無事に入国審査を終え、荷物を受け取った後で出口を出るとそこにアメリカ支社のカイルマネージャーと所属する国際物流管理課のマイク課長が迎えに来てくれていた。


 彼は二人に会って安心したのか、お互いにハグを交わして、談笑しながら車に乗り込んだ。すると、彼はあることに驚いた。それは、社用車が日本で見慣れたものだということだ。そのため、彼にとってどこか日本と変わらない時間を過ごせるのだとかすかに感じていた。


 そして、彼が通勤する支社のあるビルに向かう途中にもきれいな風景が両側に広がっていった。そして、彼が来週から勤務するビルの前に着くと、びっくりしすぎて彼は声を失ってしまった。なぜなら、周辺は東京の本社とは比べられないくらい都会だった。そして、会社のオフィスは三十五階と高層階だったことも考えるとすごく自分は恵まれているのだろうなと心で思っていた。


 一方、日本で彼氏に会えない生活を送っていた明莉はある壁にぶつかっていた。それは、今年入ってきた新入社員の中に問題のある子を担当することになっていた。その子は真理子という子で芸能活動にモデル活動もしているが、社会勉強をするためにうちの会社に来たのだという。彼女の第一印象は外見を見ただけではかなりおとなしそうなのだが、性格的にちょっと周囲とは浮いている感じを受けた。そんな彼女がうちの部署に来たのは

いくつかの問題で他の部署が受け入れを拒否したのだった。実は自分自身の同期にも同じような子は居たが、彼女はすっかり原形をとどめていないくらいに性格が柔らかくなり、今では課のアシスタントとしてかなり幅広く活躍している。しかし、彼女は経歴を見ると若干疑いたくなるくらいに苦労していた。まず、生まれた場所を見ると「東京都港区」とどう考えてもお嬢様で、学歴を見てもどう考えてもお嬢様でかつ頭も良い。しかし、彼女を採用した理由がよく分からなかった。なぜなら、彼女のこんな噂を耳にしたことがあったからだ。それは「あの新入社員のお父さん政府の関係者で、大臣クラスではないけど、大臣補佐官も歴任して居るみたいだから下手に何か事を起こしたら会社ごとなくなってしまうかもよ。そんな事情で、あの取引先にも屈しない社長が採用に踏み切ったのかな?」といういわば親の力で採ってもらったという噂だった。その話を聞いた後にその噂が本当ではないかと疑いたくなるような事件が起きた。それは彼女に在庫状況の確認をしてほしいと頼んだときだった。その時は彼女がヘルプで輸出入管理課の仕事を引き受けていて、輸出入と保税管理指示書を作っていた時に課長から「備品の注文が今日の終業までだからその業務が終わったら新入社員と備品の個数確認と不足分の注文書を書いておいて」と言われた。その指示を彼女に伝えたところ「私そういうのは好きじゃないので。しかも、今までそういうことは家政婦さんやお手伝いさんがやっていたので、そういう事は一度もやったことないです。」と予想通りのお嬢様の対応だった。しかし、彼女にも協力してほしいと言ってなんとか協力をしてもらえたが、どこか奥歯に引っかかるような態度で作業していた。


 彼女も芸能活動はしているが、兼業をしなければ生活が成り立たない。しかも、通常勤務をしても余裕な生活になってしまっていたため、彼女も焦っていた。そのため、新入社員の真理子がうらやましくなってしまった。なぜなら、家のお手伝いはしたことがなく、毎日高級な料理を食べて、広い部屋で寝ることややりたいことが出来ていたからだ。彼女の写真投稿のアプリのアカウントを見ると高級ブランドや高級車など両親から溺愛されていることが分かったことで彼女は少しずつ真理子に嫉妬してしまった。


 その週の業務が終わり、同期とお酒を飲み交わして帰ってきた週末のことだった。夜中に彼からビデオ電話が入ってきた。寝ぼけながら時計の時間を見ると夜中の三時過ぎだ。「いったい誰がこんな時間にかけてきたのだろう?」と思い、相手の名前を見るとぼやけてしまってはっきりは見えないが、誰かの顔が画面に表示されていると思ったのだった。そして、そうこうしているうちに着信が切れてしまった。着信履歴を見ても誰からもかかってきておらず、無料通話アプリを開くと謎が解けた。相手はアメリカに単身赴任している彼。そう涼真だった。いきなりどうしたのかと思った彼女は彼になんと言って良いのか分からない状態で、通話開始をした。すると、「あかりー元気だった?」と彼がうれしそうな声のトーンで話してきた。しかし、彼女はなぜこの時間にかけてきたのか分からなかった。実は数日前にこんなやりとりがあった。涼真が「今週末に来週の出張の前乗りでトロントにいくけど、時間があるからその時に久しぶりにテレビ電話しない?」と話していたことをすっかり忘れていたのだった。そして、彼からこんな報告があった。それは、年末にボーナスが増額されるから欲しいものがあれば教えてほしいと言う連絡だった。実は彼はニューヨークに出向になってから現地での成績が役職者以外でトップの成績を収め、会社の業績向上に貢献したため、通常のボーナスに加えて特別業務手当と成績優秀者特別賞与をもらえることになっていた。そんな彼にとって両親にも贈ることにしていたが、今まで支えてくれている彼女にも何らかの形でプレゼントしないといけないと思ったのだ。その話をすると、彼女は「やっぱり涼真は何でも出来る人間だよ。だって、普通はうまくいかないだけで落ち込む人も居るけど、涼真はそんな話を私にしたことはなかったし、そういう壁を今まで何度も乗り越えてきた涼真だからこういう結果に結びついたのだと思う」と逆に励まされてしまった。そして、彼女は「私も二年目になって、後輩が出来て環境も変わったけど、元気にやっているから心配しないで」と言って電話を切った。涼真は彼女と話せてうれしかっただけでなく、二年後どのようになっているのかが楽しみだった。というのは、彼の会社は一年目の成績が良く、上司の評価が高い場合にはアメリカ残留が決まる。そして、彼の会社の北米エリアの営業マネージャー候補として本社に報告される。


 彼が見ていた世界がわずか約二年で地獄から天国に変わってしまった。それは彼の人柄の良さやフットワークの軽さが多くの取引先に対して好印象を与えたのだろう。そして、彼は休日にも対応しても良いと伝えていたため、取引先が取り扱いや困って発送を先延ばしにすることなく、円滑に物事が進んでいく事に大きな信頼を得ていたのだろう。

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