第9話 初めてのアメリカ
彼がアメリカに異動を伴う転勤で行ってから三ヶ月が経ち、そろそろ彼女も彼と会いたいなと思うようになっていた。しかし、彼女はアジア圏には学生時代に何度か行っていたが、アメリカやイギリスなどの長距離を旅行したことがなかった。それだけでなく、飛行機もきちんとした会社ではなく、格安航空会社ばかり使っていたため、普通の航空会社に乗ったことはない。
彼が「明莉!アメリカ来ない?」とメッセージを送った。しかし、彼女からの返信がなかなか来ないことで彼の方が焦ってしまった。実は、彼女はこの文を見ていて少なからず迷いが生じていた。なぜなら、彼女は入社当初から給与も賞与などもらったお金の一部を万が一に備えて貯金していた。そのお金は極力使いたくはなかった。実は彼女は学生時代にバイトをしていたパン屋さんがある日、何の前触れもなく突然閉店に追い込まれて、時間通りにお店に行くと「閉店のお知らせ」という張り紙がされていた。その時初めてバイトを失っていたことが分かった。幸い、バイトを掛け持ちしていたおかげでなんとか生活はやりくりできていたが、社会人になるとそうはいかない。なぜなら、会社の給料以外に副業は認められていたが、アルバイトなどの拘束時間を要する仕事は休日以外に行うことを禁止されていたからだ。そのため、彼女は車を買うための貯金とは別に彼と生活するためのお金や万が一、職を失うことになってしまった際に必要なお金などを貯めていた。だからなのか、毎月の手元に残るのはわずか二万円程度だった。そんな状況で彼に会いに行けるだけの費用を捻出することは難しかった。
一方で、彼はダブルサラリー(二重所得)でアメリカの支社から給料と諸手当を、日本の本社から給料の七割と賞与、単身手当、住宅手当などの最低保証手当をそれぞれの国の銀行に振り込まれていて、彼女よりは多くもらっていた。だからなのか、彼は彼女からすんなりと返事をもらえると思っていた。
しかし、彼女から一週間後に返事が来たが、条件が厳しかった。その内容が「私がアメリカに行く費用を一部負担してほしい」というのだ。最初はどうしようか迷ったが、彼女の今までの献身的に支えてくれてここまで頑張れている事を考えると、少しは応援してあげなくてはいけないのだろうと思っていた。そして、彼は日本の銀行の口座から彼女の口座に送金した。
そして、彼女はパスポートなどの渡航に必要な手続きを終え、あとは飛行機の手配だけだった。しかし、彼と約束をした日は繁忙期だったため、なかなか空席の便が見つからず、予約が取れなかった。しかし、彼女は奇跡的としか言いようのない状況に出くわす。それは、日本の航空会社の深夜便が五席空いていたのだ。もちろん値段は安くないが、彼が負担してくれたお金で購入できる額だったため、彼女は無事に航空券をとれたのだ。席も窓側に取れて安心だった。
そして、彼にニューヨークに着く日を知らせて、迎えに来てもらうように話していた。ただ、彼は少し気がかりな事があった。それは、彼女は英語を話せるが、これまでに旅行した国では特別な手続きは必要ではなかった。しかし、アメリカに入国するには入国管理プログラムの登録が必要で、登録していないと入国する事が出来ないのだ。その他の必要な手続きもきちんと理解しているのかだ。
そんな心配とは裏腹に彼女は自分で調べて、必要な手続きをしていた。そして、彼女がアメリカに出発する当日の事だった。バスで空港に向かう途中にスマホのアプリから通知が来たのだった。その通知を開くとなんと、彼女の乗る予定になっていた便が発地出発時間遅延のため、出発が定時から三時間程度遅れるというのだ。彼女はかなり早く到着してしまったが、チェックインを済ませて、保安検査場の中で待つ事にした。そして、搭乗ゲートである七七番ゲートにやってきた。すると、やはりビジネスマンが多く待っていて、電光掲示板の出発予定時間も一三:〇〇→一六:〇〇に変更表示になっていた。時間を確認して、ゲートの周りには座る場所がないため、ゲートの近くにあるテーブル付きの椅子で大学の休み明けの課題をやっていた。そして、数十分後にゲートの外を見ると搭乗予定の機体がスポットに入ってきたところだった。時間が一四:〇〇を指していた。そして、地上係員から「ニューヨーク行き三三便は使用予定機の出発地での機材トラブルにより、出発が遅延した影響により、ただいま予定時間を二時間遅れて到着しております。現在、機内点検・整備等を行っておりますため、搭乗案内に関しまして一時間後の一五:〇〇頃を予定しております。お急ぎのところ大変申し訳ありませんが、機体設備の確認と機体出発準備を行いますので、もうしばらくお待ちくださいませ。」という案内が入った。彼女は初めてのアメリカだけに緊張の色は隠せなかった。そして、機内清掃と点検が終了し、搭乗が始まった。
彼女は今回初めて一般的な機体に乗ることになったため、緊張と共に心が躍っていた。そして、いよいよ飛行機の乗降口が閉まり、機体がプッシュバック態勢に入った。その瞬間、彼女はかなり緊張してしまっていた。なぜなら、今までは小型機がほとんどだったため、足を伸ばしたこともなければ、荷物を前に置けたこともなかった。その他にも大型機の席の広さや設備の多さに驚いたのもあるが、どれぐらいスピードが出るのか、かなり揺れるのかな・・・と離陸まで考えていた。そして、いざ離陸するとその不安は払拭されていた。
彼女が機内で楽しみながらニューヨークに無事に到着した。外を見るとまるで映画のワンシーンのような世界が広がっている中を空港に向かって降りて行っていた。
いつか彼と一緒にこんな街に住みたいと思っている明莉だった。そして彼女を乗せた飛行機は無事にゲートスポットに到着し、初めてのアメリカをこれから楽しもうと思っているのだった。
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