第6話:仕事は大好きだけど

様々ないざこざから三ヶ月が経ち、ついに二人は運命の日を迎えた。それは「卒業者名簿発表」だ。これはその年に卒業することができる学生の名前が大学のシステムに反映され、卒業可否が分かるというものだ。二人はわくわくとドキドキが入り交じりながらお互いの大学で使用している個人情報管理システムにログインした。そして、彼女の学籍番号を入力すると「おめでとうございます。卒業いただけます。」と出てきた。そして、彼女は二週間後に執り行われる卒業証書授与式に参加することになる。


 一方で、涼真は卒業発表が怖かった。というのは、最後の定期テストでいい点を取ったものの、会社からの内定をもらっていないため、卒業すると学生からフリーターになってしまう。そんな恐怖と戦いながら発表の画面を開いた。そして、彼の学籍番号を打ち込んだと思ったら「学籍情報が見当たりません。再度ご確認ください。」とエラーメッセージが出てきた。なんと彼は学籍番号ではなく、学生情報管理番号を入力していたのだ。実は彼の大学の場合、学内共有情報は学籍番号で管理されていたが、最近は就職関連の作業が多かったため、専用のサイトへのログインをする際は学生情報管理番号を打ち込む機会が多かったのだ。もう一度学籍番号を打ち込んで送信を押すとやたらと時間がかかっていた。数分後、「あなたは卒業いただけます。」という文が出てきて安心した・・・と思った。しかし、次の瞬間だった。「卒業についてお話ししたいことがございますので、教務課までお越しください。」と出てきた。まさか、卒業要件の単位は足りていて問題ないが、就職に関しては決まっていなかったため、卒業後の連絡を必要とするのだろうか?と勘ぐってしまった。そして、その後すぐに指定された期日が連絡として送られてきた。そして、その日に指定された場所にいくと、教室内に四十名ほどの学生が集まっていて、学科長の先生が入ってきて、話し始めた。その内容は「就職の内定をいただけていない状態で卒業させるわけにはいかない。そこで、卒業はさせますが、卒業後一定期間内に就職もしくは起業の連絡がない場合は卒業を取り消す場合があります。」と告げられた。その内容を聞いた瞬間、彼は背筋が凍った。以前から就職に関しては厳しいと聞いていたが、ここまで厳しいとは思わなかった。


 しかし、彼にこの後奇跡が起きたのだ。それは、大手企業から営業企画として入社してほしいというオファーだった。実はこれにはある理由があった。それは、入社予定だった学生の突然の内定辞退だった。この時期に入社の辞退は珍しいことではないが、この会社では採用定員と補充定員で分けていたため、補充定員で送った学生は先月までに辞退の連絡があり、今回は採用定員の学生が卒業不可の通達を受けたことにより、入社の再検討をしなくてはいけなくなったことが理由だった。そして、以前に受験していた学生の名簿を引っ張り出して、最終選考に残っていた三十人の学生に向けて入社検討願いを出していた。その一人が涼真だった。そして、社長にこのことを正式に報告をして、彼を含めた学生にオファーを出してきたのだ。しかし、時期が時期であったため、ほとんどの学生が辞退してきた。そして、残るは涼真と別の組で受験していた学生だけだった。これを涼真はまたとないチャンスだと思った彼はこのオファーを快諾し、正式な合否は数日後に届くことになっていた。そして、他の学生もすでに志望する会社への入社が決定していたため、辞退してきたことで涼真は正式に採用された。そして、来月からの入社の手続きをするために本社に行った。すると、見たことがある建物が建っていた。そう、彼がオファーを快諾したのは彼が最終選考まで残っていた会社だったのだ。これを涼真は明莉に報告するために彼女にメッセージを送った。すると、彼女から数分後にメッセージが返ってきた。


 そして、二人は無事に新社会人になり、ようやくスタートラインに立てた。しかし、彼らはここからが正念場であることをまだ知らなかった。入社式が終わり、それぞれの配属部署に向かっているときのことだった。「私会社でやっていけるか分からない」と同期から告げられて、まさか、もう辞める気なのかな・・・と思ってしまうような発言だった。その発言を聞いて、彼女も不安になってしまった。というのは、彼女とその同期の女の子しか同じ部署にはおらず、他の同期の子たちは別の部署もしくは海外関連部署にいるためなかなか時間が合うのは難しいからだ。一方の彼に関しても、無事に入社にこぎ着けたのだが、業務を考えると無事にひとつひとつこなせるかが心配だった。彼にとって、療養のためにバイトを辞めてから約三ヶ月の働くことに対するブランクがどのように今後の仕事にどのように影響をするのかが分からなかったからだ。

 そして、本格的に仕事が始まるとお互いに会えるのは週末だけになっていった。その影響なのか、今まで二日に一回程度は会えていたことが当たり前になってしまったのか、彼女から会いに来ることはなくなった。そして、彼女は会社に就職して以降、芸能関係の仕事も少なくなっていき、本業が会社員の状態になってしまっていた。彼女は大学を卒業したあとは芸能関係のお仕事をたくさんしたかったのだが、就職活動を始める前後に仕事が少しずつ若いモデルさんに移っていったため、事務所からも「会社員として社会経験を積めるのであれば、よい機会だから積んだ方がよいのかもしれない」と言われていた。その言葉の裏には、彼女の体型維持がうまくいかない時期があったことやスキャンダルこそ悪くなかったが、「親のすねかじり」というネット上の噂から仕事が減っていったのだった。そもそも、彼女は親の名前を使って仕事をしたこともなければ、親が誰なのかを公表したこともない。なのに、なぜ彼女の両親の職業などがネット上に流れたのか?それは、ある週刊誌の記者がリークした内容が週刊誌に載ったことで、それまで積み上げていった彼女のイメージを一気に失う結果になってしまっていたのだった。しかし、会社にはそのことは考慮する条件で入社したため、彼女には大きな影響は出なかったが、しばらくは彼女の芸能活動を休止し、ある程度熱りが冷めるまで、会社員に専念することにした。そして、彼女は彼とはラインでやりとりを行い、会うことを止めたのもこれらの複雑な事情を考えて少しずつ会える時間や機会を減らしていったのだった。それだけ彼女が考えていたのは、ある複雑な事情からだった。それは、彼の夢を壊したくないということだった。


 実は彼女に以前に打ち明けていたのが、「僕と結婚するのではなく、もっと明莉に見合った相手と結婚してほしい」ということだった。しかし、彼女は彼が友人に対してこんなことを打ち明けていたことを知っていた。それは「彼女と結婚したいけど、彼女と結婚するには似合わないし、時間も合わなくなっていくからそれで彼女を苦しめたくない」と。そんな彼がここまで考えたのは自分の今までの病気のことを考えてだった。彼は以前に付き合っていた彼女である柚月にも明莉と同じことをさせてしまい、彼女のことを考えて、友人として関わってほしいと伝えて、距離を置いてもらったという過去があったからだった。そして、今回も何回も彼女を心配させてしまった。しかし、今はお互いに仕事をしていて、学生とは違う環境で頑張っている彼女に対して、余計な心配はさせたくないのだった。


 そして、入社して半年が経とうとした秋の匂いが少しずつ街を染めていき、紅葉がきれいな時期にさしかかったときだった。突然、明莉の電話が鳴った。相手は実家の母親だった。すぐに電話を取ると、弱々しい声で「愛加ちゃんのお父さんが救急車で病院に搬送された」という電話だった。実はお正月に実家に帰った時にみんなが集まる場所まで送ってきた姿を見て、以前よりも痩せたような印象を受けた。その時にはすでにどこかに爆弾をすでに持っていたのかもしれない。ただ、明莉にとっては愛加ちゃんのお父さんはいろいろ良くしてくれていた。これは彼女が中学生の頃の話だが、両親と進路について対立していたときに両親のことを毛嫌いしていたときに彼女に「何かあったらうちに来ていいよ。愛加もいるからさみしくないだろ」と言って何回も泊まりに行っていた事があった。高校は愛加ちゃんが地元の進学校、彼女は都内の進学校にそれぞれ進学したため、高校で分かれてしまったが、週末だけは彼女の家に遊びにいくなどしていた。そういうこともあってか、このお正月に帰ったときもまるで自分の娘のように接してくれていた。


 そう思うと、今すぐ飛んでいきたいと思うだろうが、明日も仕事だったため、週末に地元に行くことにした。そして、その週の業務が無事に終了し、追加の仕事も入っていなかったため、上司のデスクに「所用のため、今週末は地元に戻ることになっています。万が一連絡がある場合には業務用の端末を携帯しますので、出社はご容赦ください」とメモを残して明日の朝の新幹線に備え、帰宅した。

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