第5話 二人の決心

僕たちは大学の休暇を使って、それぞれの実家に帰省することにした。ただ、彼女はそれに反対していた。というのは、彼女はすでにお正月に帰省して、家族と再び会うのはいやだというのだ。


 「彼女に一体何があったのだろうか?」


涼真はそのときは分からなかったが、後に共通の友人から聞いて納得した。それは、彼女が東京に残ることを決めたという話をした際に父親と母親が猛反対したことで、一日だけ実家に帰り、残り三日は地元の友達の実家に泊まっていて、帰るときも勝手に帰ってきたという。そういうことは以前の明莉では絶対にあり得ない行動だった。一体彼女は何を考えていたのか友人さえも分からないという。もしや、彼女は東京の大学を出た後は地元に戻されることが条件になっていて、その約束を破ると話したことで両親とけんかになったのかもしれないという推測が脳裏を駆け巡っている。


 一方の涼真は両親が心配するほど状況的には思わしくなかった。それは、彼の就職に関して全く報告がないことであった。実は両親の胸中として「もしも東京にいるなら就職先をきちんと決めて働いてほしい」と感じていただけでなく、心配していたのだ。しかし、年が明けようとしている現時点で内定は一社もない。それだけでなく、卒業も黄色信号だということを担当教授から言い渡されていた。そんな状況で明莉と結婚することは両親からは許可をすることはできないと告げられてしまった。ただ、涼真はその話がスムーズに動かしたいのであれば、就職して両親を安心させなければいけないと感じていた。しかし、彼は大きな壁にぶつかりすぎた結果、今も精神的に追い詰められた状態になっていた。そのため、学校とバイト以外は家から出ることもままならないほどに悪化していた。そして、二日前に連絡が来たのは彼が本命として受験した会社から出会ったが、この会社からも御縁をもらうことはできなかった。彼は間違いなく焦っていて自分でセルフコントロールができる状態ではなかった。彼の心の中では、彼女はすでに内定をもらって、内定式に参加して、来年の四月からは立派な新社会人として社会で働くことができる。だから自分よりも幸せな生活を手に入れてほしいと伝えようとしてスマホをとり、「今までありがとう。あなたは幸せになってください」と彼女にメッセージを送って彼女の通知を切った。


 数時間後に彼女がそのメッセージを見て、「涼真、返事してよ。何があったのか話して。」と送るが、送ってから数時間が経っても彼からの返事はなかった。彼女は何があったのかも知らない。それもそのはずだ。彼からの返信がここ三週間は返ってこないことが多く、仮に返ってきたとしても短文で返ってくることの方が多かった。そのため、彼女は「返ってきたから安心」から「返ってきても不安」にいつの間にか変わっていた。彼女は彼のアパートに向かった。すると、鍵は閉まっていて、誰かが中にいる気配がない。そんなわけはないと彼女が彼とシェアしているスケジュール管理アプリを開いて確認をするが、涼真も明莉も予定はお互いに何も入っておらず、急いで合鍵で中に入ると、彼がベッドの上で横になって寝ていた。彼女は安心したが、どこか様子がおかしかった。というのは、彼が飲んでいた薬が床に散乱し、本はぐちゃぐちゃに積み上げられていた。そして、彼のパソコンを見ると卒論なのか、彼の課題なのか分からないレポートが映し出されていた。しかし、彼は経済学などが専攻で、経営関係のクラスを今年は履修していなかった記憶があった。一体何を作っているのか分からない。


 そして、一向に起きない彼に「来たから起きてよ」と体を揺らすが、目を覚ます気配は一切なく、同じ体勢のママ揺れているだけだった。そして、彼の手を握ってみると手がかなり冷たくなっていて、脈も出ているかのどうか分からないくらい弱々しい感じしか見受けられなかった。心配になった彼女は救急車を呼んで病院に搬送してもらうことにした。そして、彼女が救急車に乗って彼の心拍数が表示されているモニターを見て愕然とした。というのは、彼の心拍が通常時の半分しかなく、体内の血圧もかなり下がっていたのだ。そして、彼女はさっき見た彼の部屋を思い出した。床に落ちていたのは彼が不安を押さえるときに飲んでいた薬で、普段は一日最大で三錠までしか服用が認められていない。しかし、見たのは半シートが空いた薬のパッケージ・・・。まさか、彼は不安衝動に襲われてやってしまったのだろうか?


 数時間後、搬送後に手当てをしてくださった担当医の先生から話を聞いた。すると、彼女の悪い予感は的中してしまった。彼の体内からその薬の服用上限を超える錠剤が出てきたという。現在は精製水などで体液を薄める処置を行っているという。そして、主治医から「最近の涼真さんに気になる行動はありませんでしたか?」と訪ねられると彼女は「最近、会う回数も減って、口数も少なくなっていて、以前はいろいろ話してくれていたことが現在は一切話してくることはなくなり、自分で抱えてしまうことが増えていた。」と説明すると、急に医師の顔が曇ってしまった。というのは、彼が運ばれた病院は彼の通院している病院だったため、彼が前回の診察の際に話していたことや医師の所見などが電子カルテで見ることができた。そこで医師から提案されたのは「近いうちに彼の近くに住むか、電話などで確認ができる状態にしてはどうか?」という話だった。続けて、その理由を「彼の今の状態では孤独に耐えられずに自殺未遂を再び実行する可能性が極めて高く、成功体験も少ないことから将来を悲観してしまっている傾向が強いため、負の連鎖を生んでしまう可能性も否定できない。今回も不安に勝てず、突発的に摂取したと考えるのが妥当だろう」ということだった。


 そのとき、彼女は今の家から通える会社に入社する事になっていたため、彼の家からでは遠くて通うことは難しい。だからと言って、彼を一人にしておいて大丈夫なのかという葛藤も生まれていた。今回の一件だけではなく、以前にも今回と似た行動を取っていた。


 彼がおかしくなってから一週間後に彼は退院したが、状態はあまり変わっていなかったように感じた。なぜなら、彼の姿を見た時にさらに不安が増しているように感じたからだ。そして、彼女が彼の家に付いていき、彼に何があったのかを話してもらった。

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