第4話 二人の壁
二人はこれから幸せな道を歩んでいくはずだった。しかし、二人には乗り越えなくてはいけない壁がいくつもあった。それは、「交際を周囲に知らせていない」ということだ。実際、僕が彼女と付き合っている事を知っているのは高校時代の共通の仲の良い友人だけで、大学内では知らない。ただ、彼女が来月から読者モデルとしての活動が始まること、すでにモデル活動していたフリーペーパーの表紙を飾ることが決まるなど、仕事が増えていき、その関係から社会への露出が増えた事で僕自身は「彼女に迷惑をかけてはいけない」というどこか心に言い聞かせながら彼女と交際を続けていた。
ある日、彼女が仕事で地方に行った際にネットサーフィンをしていた時に目を疑うような記事を見つけた。それは、「人気モデルと人気俳優と交際か?」という記事だ。その記事には「テレビには欠かせない俳優が人気モデルとのパーティでお持ち帰りして、その後も頻繁に複数人数ではあるが、合っている姿を目撃されていた。」と書かれていた。さいわい、彼女の事ではなかったが、一歩間違えればこういう記事が出てしまったことで、彼女の仕事を奪ってしまい、彼女の仕事の命運を分けるほどの大事になってしまうのだ。僕はこんなことになるとは思っても見なかった。なぜなら、彼女は確かに以前から顔立ちも体型もシャープで身長もそれなりに高かったため、ちょっと出掛けるとスカウトさんらしき人達に声をかけられていた。しかし、彼女が学生時代だけモデルをやらせて欲しいとお願いされた時は正直悩んだ。というのは、彼女は特段の人気があったわけでも、万人受けするような事も一切やってこなかった彼女にとってすでに人気になっているモデルと肩を並べて活躍するとは思っても見なかった。だからこそ、告げられた当初は正直なところ困惑しかなかったし、そんな生活を送れるほどの自信は自分自身にはみじんもなかった。
そして、彼女の熱すぎる意気込みから彼女のやる気を感じて承諾した。そんな彼女を持つことになる自分も彼女と歩いていて恥ずかしくないように常に体を鍛え、人間を磨こうと考えていた。
そんなときだった。彼女が以前にイメージガールとしてモデルをしていた時に知り合った女性ディレクターが彼女をテレビにも売り込みたいと言ってきたのだという。彼女自身は「一旦保留にして欲しい」と告げて、事務所と彼氏である凉真に話してから決めることにしたのだ。その話を聞いた彼氏である凉真は彼女の勢いがすごすぎて、めまぐるしく変わる環境と彼女の行動力に理解することが出来なかった。というのは、凉真は元々モデルや俳優をやりたかった。しかし、どこの事務所からも声が掛かることなく成人を迎えてしまった。一方、彼女は付き合い始めた当初には月に数本だが、仕事をしていた。この差が個々まで運命を変えてしまうのかと思うと恐ろしく感じていた。
もう一つは、彼女との結婚を考えていたのだが、両親にも付き合ってから一度も知らせておらず、果たして無事に結婚できるのかということだ。実は凉真の父は大手企業の役員、母親は地元企業の社長、兄は有名大学を主席で卒業し、大手グループに新卒でヘッドハンティングされるほどの逸材だった。一方、凉真は今の大学にもギリギリで受かり、友人関係は良好なのだが、大学の成績は真ん中という何とも中途半端な立ち位置で困っていた。一方の明莉の家族もすごい経歴と学歴を持っている人がいる。というのは、明莉の父は官庁の事務次官、母は大御所議員の秘書として従事している。そして、兄は航空管制官、姉は国際弁護士と華麗なる一族のようだった。彼女の大学もレベルからすればかなり上で、彼女も学年成績で行くと上位十人には入って来る程の才女だった。そんな彼女を両親に会わせることは問題がないと思っていたが、自分の身の丈に合っていない彼女と結婚するとなったらかなりの確率でいろいろ言われるのだろうな・・・。と考えていた。
その頃、彼女と話していたことがいくつかあった。それは、「僕と結婚したら不幸にならない?」「本当に僕で良かったの?」とどんどんネガティブになっていった。というのは、キャリア官僚や国家公務員の両親と対等にやりとりできるかが心配になっていった。その時に彼女からこう言われた。「凉真、自信を失う必要はないよ。私だって、周りがすごすぎてその中に埋もれてしまうのではないかと怖くなったけど、今は大学に普通に入って、普通に卒業して、今まで通りにモデル業やタレント業をやればいいと思っているから。凉真も頑張れば何かしらの良いことがあるから。」と。以前はそのようなことを言われたことがなかった凉真にとってどこか今まで思い詰めていた心は少しずつ穏やかさを取り戻しつつあった。しかし、彼にとっては彼女があれだけの才女ならば自分も彼女に似合う彼氏にならないといけないのではないかと考えてしまった。しかし、それは彼の思い過ごしだったのかもしれない。彼女は彼に対して、普段と変わらないやりとりで接してくれていることがうれしかった。
しかし、今度は彼の問題が大きくなってしまった。それは彼の就職の問題だ。というのは、彼はすでに数百社の試験を受けて、全滅状態で、新たな会社からもまだ返事が来ていなかった。後日、結果を報告するため、キャリア支援課の担当の先生から「もう少しレベルを下げて就職先を探してはどうだろうか?」と提案されたのだ。しかし、彼にはレベルを下げると今の家から通えない距離になってしまい、余計な費用がかかってしまうことを心配していた。その他にも、自分だけが地方に向かい、彼女だけが都心で生活をしているというのも彼女の負担が大きくなってしまうのではないかと考えていた。そのため、彼にとって、就職は彼女と結婚するために何が何でも都心部で見つけなくてはならない。万が一見つからなければ今のアルバイトを増やして、そこに住む方向であったのも事実である。そこまでして、彼が都心部にこだわったのにはいくつかの理由がある。それは、彼にとっては彼女という心の支えを外してまで、仕事に固執したくないということだ。そして、彼女とは大学卒業後に結婚をする予定になっているため、新婚当初から別居だけは避けたかったというのもある。
実は彼は内定をもらえなければ新卒での就職を諦め、卒業後に第二新卒として就職するしかないかと考えていた。しかし、その判断が果たして正しいのかもわからない状態であったことも事実ではある。彼にとっては彼女と結婚すると約束をしてしまった以上、約束を守らないわけにはいかないと自分のプライドが許さなかった。だからこそ、彼女に見合う彼氏として、ある程度の覚悟を決めて就職活動をしていたのだが、なかなかうまくはいかないようで彼だけが大きすぎて高すぎる壁に阻まれて過ごすことになってしまった。
年が明けたある日のことだった。彼女は実家に帰省していたため、新年はひとりでさみしく過ごしていた。そんなときだった。友人から連絡が来て、彼女らしき女の子が変な集団と歩いている姿を地元で見たというのだ。僕はそんなことはないだろうな・・・。と彼女を信じていたが、数分後に送られてきた写真をみて驚いてしまった。というのは、その写真は彼女の同級生の集合写真だったが、明らかに男子集団が明らかに場違いな格好で並んでいたことが誤解を生んだのだろうと考えた。しかし、彼女は同級生と会って、同窓会をするような話はしていたが、まさか、そんなことが起きているとは思ってもみなかった。そして、友人が送ってきた写真は変な集団に絡まれているのではなく、同窓会を兼ねた新年会でお店の前に集合して、入店を待っているところだったのだ。誤解は解けたものの、どこか奥歯に引っかかるような感覚を覚えていた。
二人の関係が強くなれば強くなるだけお互いを支え合う大切さを痛感したのだろう。だからこそ、乗り越えられない壁が立ちはだかっても二人で乗り越えていくことを考えて乗り越えていったのだった。
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