第28話 狙うもの、奪われたもの
「……誰だ、こいつは」
目の間に浮かび上がる文字は『
周囲の世界が止まり音もなくなった中、俺は空中の文字とその奥に見える男を交互に見つめる。
金色の髪に碧い瞳。
身に纏うものは重量のある鎧などではなく、かといって動きやすさを求めた服でもない。
まるでこれからどこかの晩餐会か何かに行こうとでもいうかのように着飾って汚れの一つもない正装に身を包む姿はどうにもこのギルドの集会場という場所には相応しくないように思える。
フランの知り合いなのだろうか、男は『
「……」
だがその碧い瞳だけは歴戦の戦士、或いは野生の獣のように鋭く見るものを射抜くようであり、その瞳に僅かに嫌な予感を覚えながらもどうしてかこの男を無視してはいけないような気がした。
そう俺が心に決めたのと同時に視界に浮かび上がっていた文字が徐々に薄くなり、入れ替わりに世界に再び動きが戻ってきた。
「――お互い様ね、私もこんなところで貴方と会うなんて思いもしなかったわ」
世界が動き出すと同時に自身に向けられる瞳を真正面から受け止めながら一歩前に出てフランはその男を見つめ返した。
「なに、ちょっとした暇つぶしというやつだよ」
「そう、ギルドに加盟したとは聞いていたけどそんなに真面目に活動しているとは少し意外だったわ」
「ははっ、そうかもしれないなぁ」
くつくつと何が面白いのか愉快そうに笑みを浮かべたままの男に対してフランは決して穏やかな表情とは言えない。
睨んでいるという表現の方が正しいとすらいえる視線であるが男はそんなものはまるで気にしていないようだった。
「それで? パイライトのお嬢様がお一人で一体何の御用かな?」
「別に貴方には関係がないことよ。それに一人というわけでもないもの」
「ほう? ということはやはりその二人は仲間というわけか」
そこで男は顔に浮かべていた笑みを消すとフランに向けていた視線を少し後ろに立っていた俺とエルナに向けてきた。
「――っ」
その目に見据えられ少し息が詰まる。
何をされているわけでもないというのに宝石のような碧い目に見られているだけでどういうわけか身体が痺れるように硬くなる。
「……まぁいちいち何者か何てことは気にもならないがな。つまりは君も
「あら? 最初から私はそのつもりよ」
値踏みをするように俺とエルナを見ていた男だったが直ぐに興味を失ったかのように再びその顔をフランに戻す。
瞬間、それまで身体に感じていた重みのようなものがなくなるのを感じる。
「そうだったかな? まぁいいさ」
「……どういうことかしら」
「別に何てことはない。私は私でやることがある、ということだよ」
そこで男は顔に笑みを浮かべるとすっ、とその手を前に翳してきた。
丸められていた紙切れのようなものを突き出すようにひらり、と広げる男。
「――っ! それはっ」
一瞬のこと、一瞥をしただけであったがフランが短く驚愕の声を漏らす。
その目は一層の鋭さを増して男を、そしてその手に握られている紙片に向けられており、俺もまたどうしたことだろうかと注意深くそれを見る。
古びているのか、やや日に焼けたような色をして所々が欠けている紙には何やら文字が記されており、ここからでははっきりと一つ一つは読み取れないがそのようなものを俺は良く知っている。
「クエストの依頼書……?」
それはこの集会場では何ら珍しいものではない。
むしろそれを受け取るためにこの施設があるわけであり、それをわざわざ自慢げに見せつけるということにはどういう意味があるというのか。
「――そう、貴方もそれを狙っていたのね」
「あぁ、何しろここじゃあこれ以上の報酬のものはなさそうだからな。おや? もしかすると君もこれが目当てだったのかな?」
「……えぇ、まったく嫌な偶然ね」
翳される依頼書をまるで視線だけで穴を空けてしまおうというかの如くに睨みながらフランは苦虫を噛み潰したように呟く。
その様子は端から見ていても心中穏やかでないことは明らかであり、ましてその目が自身に向けられているというのに金髪の男はまるでそれこそが愉快であるかのように笑みを深くする。
「ははっ! いやはや偶然というものはあるものだ。しかし恨まないでくれよ? クエストは先に受けたものが挑む権利がある。それはここの掟だ」
肩を小さく上下させて込み上げる笑いを抑えるようにしながら細めた眼でフランを見つめていた男はそういうと広げていた紙を丸めて隠す様に懐にしまい込む。
「それにしても君も運がない。もう少し早くここに着いていれば先に受けることもできただろうに」
はははっ、と短く、しかし痛快そうな声をあげながら男は俺たちの横を通り過ぎ外へと通じる扉に手をかける。
「では失礼。いろいろと準備があるのでね。……まぁ気を落とすな。君の家のことは私が責任を持って引き取ってやろう」
最後にそう言い残すと男はもうフランの返答を待つこともなくそのまま外へと出て行ってしまった。
「……何だあいつ」
「……」
呆然と、何が起こっていたのか理解できないままに終わってしまった一連のことに首を傾げる俺の横でフランは顔を落として黙り込んでいた。
それは今までの彼女からは想像もできない姿であり、端的に言って絶望を感じているような表情だった。
「やられたわ」
ため息交じりに漏れたその声にもこれまであった覇気はなく何とも弱弱しいものだった。
「やられたって、何のことだ?」
「……あいつの持っていた紙、見たでしょ? あれ、私たちが挑もうとしていたクエストの依頼書よ」
「なっ!?」
尋ねた俺にフランは平然と――或いは諦めきったかのように――そう返してきた。
しかしその一言はとても聞き流せるようなことではなく思わず大きな声が出てしまう。
あれは確かにクエストの依頼書だったが、それが俺たちの目当てのものだとフランは言う。
何故あの男が同じものを狙っていたのか。
いや、目当てのクエストが被ることは何も珍しいことではないがそれにしてもこんな偶然は――
「あの男何者なんだい? 随分と偉そうだったけど。それにあの目、ただの人間が持っているものじゃないね」
と、フランの言葉に混乱しかけていた俺の思考を遮るように今まで黙っていたエルナが問いかける。
突然のことにエルナも同じく驚いているのかと思えばどちらかといえば先ほどの男が何者なのか、ということの方が気になっているようだった。
問いかけと共に視線を向けられたフランは落としていた顔を上げると俺とフランを僅かばかり伏せた瞳で見つめ、
「あの男はゼルニア。ゼルニア・ローグラム・ヴァン・メルギリウス。私と同じ錬金術師の家系の一つ。その現当主の男よ」
――お互い相手のこと何て大っ嫌いでしょうけど。
忌々し気にそう答えた。
しかしそれでもどこかか細いその言葉は人で賑わった集会場の喧騒にかき消されてすぐに消えてなくなった。
「……」
あとに残ったのは何が起こったのか、何をすればいいのか見失い立ち尽くしかない俺たち三人だけだった。
見捨てられた俺に与えられたのは未来を選ぶ力~最適な答えを選ぶことで上級クエストも安定攻略できそうなんだが~ 上高地河童 @kamikochikappa
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