第27話 集会場で、見たものは
集会場はまだ昼頃だというのに賑やかなものだった。
次のクエストに向けて作戦会議を開くパーティー。
何をするでもなく食事をしながら話をしている者たち。
一見冒険者のようにも見えない子供や老人もいるが彼らもどこかのパーティーの一人か或いは近くを通った行商だろう。
様々な人間が一堂に会しているそれはこれまでよく見慣れた集会場の風景であり何ら珍しいものではない。
「……?」
なかったのだが――その慣れ親しんだはずの空気は俺たちが扉を開け一歩踏み入った瞬間に吹き飛ばされるようにして消えた。
「……」
誰が初めに気が付いたのか、一人が入り口に立つ俺たちを見つけたかと思えばそれは言葉もなく瞬く間に人から人へと伝播し気が付けばそこに集まっていたほぼ全ての目と意識がこちらに向けられていることを感じる。
「な、何だ……?」
皆が一斉に口を閉じじっ、と視線を向けてきた――それは時間にすればほんの一瞬のことであり、次の瞬間にはまた元通り周囲の仲間と話をしたり、卓上に開かれた書類に目を落としたりと皆各々の世界に戻っていた。
しかしそれでもその一瞬でもこちらに向けられた視線に何か気味の悪いものを感じ俺は思わず入り口に立ち尽くしたまま中への一歩を踏み出せないでいた。
「やれやれ、皆どこで聞きつけてくるんだろうね」
そんな俺の隣で呆れた様に小さくため息をついたフラン。
それは今の一瞬の出来事が俺の思い違いや見間違いでないことを示すのと同時にあの視線の意味がわかっているかのような言葉だった。
「……どういうことだよ?」
「どうもこうもないだろう? 私たちも少しは有名人になれたってことさ」
思わず声を落として尋ねる俺にエルナはふふん、とどこか得意げな表情でそう返してきたがはっきりいって何のことかよくわからなかった。
「だからさ、……これのことさ」
俺の理解が及んでいないことを察したのかエルナはそういってその黒いローブの懐に手を入れると何かを取り出し翳すようにして見せてきた。
細い指のその先でつまむように持っているものは何の変哲もないもの。
「ちょっと、あんまり出さない方がいいんじゃないの」
諫めるようにそう言ってきたフランの目もエルナの指先に向けられている。
出さない方がいい、その言葉が指し示すものは今取り出されたその小さな指輪のことで――
「これが何なんだ?」
ただ鉄を曲げて輪にしただけのような指輪であったが当然どのようなものであるかはよくわかっている。
何しろ昨日まさに生死の境ギリギリのところで手に入れたたった一つの報酬のようなものなのだから忘れられるはずもない。
しかし、だからといってこれをエルナが持っていることを何故フランが気にしているのかがわからなかった。
「だってそれ龍種退治の証じゃないの。そんなもの貴方達みたいな低級パーティーの人間が見せびらかすようにしてたらいらない騒ぎに巻き込まれるわよ」
「ふふっ、わかってるって」
小さくため息をつくフランに対してエルナはからかうようにそう言いながらもその指輪をまた懐へとしまい込んだ。
「いや、それはおかしくないか?」
しかし俺は今のフランの言葉に疑問を覚える。
「だってあれはただの【探索】クエストだったんだぞ? 龍が出てくるなんて俺たちだって知らなかったことなんだから」
そう。
確かに俺たちが龍――正確には龍らしきものを倒したのは事実であるが、しかしそれは本当にたまたまのことであり狙っての結果では決してない。
そして俺もエルナもわざわざそれを周りに言いふらすようなことをしたわけでもなく、つまるところあの出来事を知っているのは当の本人たちだけのはずであり、そのことで周囲から注目を浴びるなどということがあるわけがないのだ。
「だから、それを含めて流石っていうところじゃないの? あなたはどう思っているか知らないけれどギルド内の情報網は甘く見ない方がいいわよ」
諭すような口調でそう言われ、うっ、と口ごもる。
思えば次に挑むクエストを決めてくるのはいつも他の仲間たちの仕事であり、俺がやることと言えば精々戦いに備えて買い物をしておくといったことであり誰かから情報を集める、何てことはしたことがなかった。
フランの言うことが事実であるのなら昨日俺たちが一体何をしてきたのかは既に多くのものが知っているということなのだろう。
無論全ての詳細まではわかっていないのかもしれないが少なくとも龍種、或いはそれに近いものを倒してきた、という話は広まっているのかもしれない。
そう考えれば先ほど俺たちに向けられた目にも納得がいく。
あれは所謂好奇の目。
龍退治を成し遂げたというのが一体どんな者たちなのか一目見てやろう、という思いが込められた視線だったのだろう。
だがエルナはともかく果たして俺の姿はどう映っていたのだろうか。
「そろそろいいかしら?」
と、一人そんなことを考えているといつの間にか目の前にフランの顔があった。
いつまでも入り口で立ち尽くしている俺に中に入るよう促したのだろうがいきなり顔を覗き込まれたので別の意味で少し戸惑ってしまった。
「あ、あぁ……すまない。行こうか」
その動揺がなるべく顔に出ていないことを祈りつつ頷く。
目指すは集会場の奥。
今も数組のパーティーが並んで何やら話をしているそこはクエストが張り出されている受付。
俺たちは今日ここにフランの言うところの『儲かるクエスト』――曰く『龍種退治』――とやらを受けに来たのだからいつまでもここでのんびりとしているわけにはいかない。
だが受ける前にまずは受付でもう少し詳細を知りたい、と思いながら人で賑わう集会場の中に一歩足を踏み入れたところ、
「おや?」
声がかけられた。
声は俺たちの直ぐ横、まるで隠れていたかのように入り口近くの壁に寄りかかるようにして立っていたのは一人の男のものだった。
「これはこれは、パイライト嬢。このようなところに何かご用かな?」
くつくつ、と込み上げる笑いを隠そうともせずに口角を上げながらこちらを見つめている男。
僅かにウェーブした金色の髪はきめ細かく俺の目から見てもよく手入れがされているのがわかる。
そし金の髪と同じくまるで宝石のようにも見えるその碧い瞳が得物を狙う獣のように俺たちを――フランを見つめていた。
「――ッ」
その顔を見た瞬間、ぐわん、と世界が揺れる感覚。
【
Ⅰ:話をする (価値あり)
Ⅱ:受付に行く (価値あり)
Ⅲ:外に出る (価値なし)
見たこともない男を前にして浮かび上がる俺の未来。
それぞれの意味を考えるのは後にして――
つまりこれはこの男が俺たちにとって何らか意味のある人物であるという証であり、俺は止まった世界の中で小さく息を飲み込んだ。
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