第26話 秘密の話、森の終わり

「別に話と言っても二人に嘘をついていたことはないつもりよ」


 ザッザッ、と迷うことなく先を進む背中を追う。


 昼間だというのに木々のせいか日の光が薄い森の中、その声はやけにはっきりと聞こえる気がしたがそれは気のせいかもしれない。


「ただ意図的に話していなかったことがあるのは事実だからそのことは謝るわ」


 謝る、と言っておきながらこちらを振り返りもしない声の主――フランだが別にここで面と向かって頭を下げられてもそれはそれで気まずい気もする。


「……」


 そんなフランの背中に俺とエルナは黙ってついていく。


 置き去りにされた馬車は後でフランの屋敷の人間が取りに来る、ということで俺たちは徒歩で道を行くことにした。


 幸いにもこの森のことは俺も知っていて目的地であったギルドの集会場からもそう遠い場所ではなく歩きでも昼前には辿り着けるだろう。


「お金がいるって言っていたけどそれは本当なのかい?」

「えぇ、本当よ」

「……これからやろうとしているのが龍種退治っていうのも?」

「えぇ、本当よ」


 エルナの問いにも振り返ることなく、しかしはっきりと答えるフラン。


 集会場への方角はフランにもわかるらしく、進む足取りに迷いはない。


 先ほどの襲撃の際にもそうだったがフランはこうした足場の悪い森の中を歩くことや身の危険がありそうなことにあまり抵抗はないようだった。


 あんな屋敷に住んでいるお嬢様なのだからもっと繊細かと思っていたのだがそれはどうやら思い違いだったようだ。


 しかしそんなことを本人に言ったらいらない怒りを買いそうなので黙っておく。


「けど別に龍退治をしたいわけじゃないの。ただあの集会場で一番報酬が良かったのがそれっていうだけ。お金が手に入るのであればなんでもいいのよ」


 どこか投げやりにも聞こえる口調でそんなことを言うフラン。


 前を向いているのでその表情まではわからないが


「何でそんなに金が必要なんだ?」


 口にしてそれは少し不躾な質問だったかと思いもしたがそれでも疑問に感じていたのは事実だ。


 フランの家が積み重ねてきた歴史について説明はされたもののはっきりいって俺がその意味を全て理解できたとは思っていない。


 しかしそれでも現実に見たフランの家や彼女自身の言葉から所謂それが名家、名門であり即ちお金持ちである、ということだけはわかる。


 無論、金というものはいくらあっても足りない、という考えの人間もいるであろうから一概にそれを求めることが悪いことであるとはいわないがそれにしても危険を承知でクエストに挑み金を手に入れなければならない程フランに差し迫った事情があるとは――少なくとも表面上は見えなかった。


「簡単に言うとね。帝都に行って皇帝に会いたいの。けどそのためにはやっぱりお金が必要なのよ。帝都に行くための準備だってそうだし、会いたいって言って会える存在でもないし」


 俺のそんな問いにフランは口を閉ざすことなく答えてくれた。


 だがその答えがあまりにも俺の予想していたものとは違ったので尋ねた俺の方が思わずぽかんと言葉を失ってしまった。


「その言い方だと表向きにはできない話をするために会うっていうふうに聞こえるけど?」

「そうね。その受け取り方で間違いないわ」

「何だよそれ……」


 エルナの言葉を何てことのないように肯定するフランであるが語られるそれはどうにも穏やかではない。


 帝都、そして皇帝。


 それが何を意味しているのかは山育ちの俺だってわかっている。


 わかってはいるがしかし実際に目にしたことなど一度もない。


 帝都になんて田舎者には用事がなく、まして皇帝など会って話をするという発想すらそもそもない。


 知識では確かに知ってはいるが現実にそれを認識したことがない。


 ――そういう意味では書物でしか見たことのなかった龍種と同じようなものともいえるのかもしれないな、と俺の思考は僅かに脱線しそんな余計なことを考えていた。


「それと君が狙われていることに関係があるのかい?」


 一方でエルナは切り込むようにさらに問いをフランの背に投げる。


 無論エルナとて気になっていることは山ほどあるのだろうが今は一つ一つ情報を整理していくつもりらしく、そういうところは彼女らしい冷静さといえただろう。


「関係あるわ。皇帝と話をしたがっているのは彼らも同じだもの。要するに余計なライバルは先に蹴落としたいということね」


 そんな問いかけにそれでもフランはやはり平然とした口調でそう答えてくれた。


 という言葉が意味するものは先ほど襲ってきたあの黒い影のような人形――そしてそれを指し向けたという存在のことであろう。


 だがどうにもそれは一人や二人を指したものではないように俺には感じられた。


 フランの顔は見えないがその頭にはもっと多くの人間が浮かんでいるのではないだろうか、と俺は何の根拠もないがそう思っていた。


「錬金術の名門はいくつかあるとは知っているけどそれが揃いも揃って皇帝に何の用があるんだい?」

「んー、そうね。その辺りは少し話が込み入っているんだけど」


 投げかけられるエルナの問いにそこで初めてフランは少し言葉に詰まった。


「まぁ簡単に言えば自分の家を守るためなんだけど。……でもそれはどうにも早い者勝ちらしいから。だったら先に他の一族を潰してしまえ、っていうのが大多数の考え方らしいわね」


 無意識にか、或いは意図的にかはわからないがフランの回答はぶつぶつと呟く囁きのようなものであり今一つはっきりとは聞こえずその意味も俺にはよく理解できなかった。


「錬金術師っていうのは学者肌が多いはずなのにやると決めると一気に過熱する人間が多いのよね」


 困ったように、呆れた様に小さくため息をつくフラン。


 そのフランもまたその錬金術の家系であり、そしてその特徴に当てはまっているような気がしないでもないがそれも黙っておくことにした。


「――何て言ってたらもう着いちゃったわね」


 と、そこでフランの足が止まる。


 その言葉の通り、気が付けば薄暗く辺りを覆っていた木々はまばらになり、即ち森の終わりが近いことを示す。


「もう少し詳しいことはゆっくり座って話しましょう」


 そうして森を抜け解放された空間に出たところでフランは振り返りそう言った。


 薄桃色の髪にその意志の強さを示すような凛とした眼付。


 それはこれまで見た彼女のものと同じであり、俺は何故かその顔に心が安堵するのを感じていた。


 振り返ったフランのその背後―――丘を下った少し先には見慣れた集会場がはっきりと見えていた。

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