第24話 襲撃は、暗い影より
「危ないッ!!」
目に映るものが何を意味しているを考えるのは後でいい。
ただ
「っ!」
俺が動いたことで停止していた世界は再び時を刻み始める。
それはわかっていたので二人の手を握ると同時に足は床を蹴っていた。
「きゃっ!」
小さく上がった悲鳴はフランのものだろうか。
何となくエルナはそういう声は上げないだろうな、なんてことを耳だけで聞いて考えつつ体当たりをするように背中を馬車の扉にぶつけ力任せに内側から解放する。
ザンッ――!!
鋭く、そして無機質に何かが破られる音。
それが馬車の天井の部分を上から何かが貫通した音であると捉えた時には既に俺たち三人は外の地面に飛び降りていた。
「ぐっ……!」
飛び降りた、といっても二人の手を引きながら背中から着地をした形となったので当然俺の身体に二人がのしかかるように倒れてきたのでその衝撃に息が漏れる。
地面が硬い岩盤などでなく柔らかい土と草の道であったことがまだ幸いだった。
「タクト!?」
文字通り全ては一瞬のことで気が付けば外に引っ張り出されていたという感覚であっただろうがエルナは直ぐに状況を理解したのか倒れた俺の顔を心配気に見下ろしてきた。
「だ、大丈夫だ……それよりも」
実際痛みはさほどなく瞬間的に身体に走った衝撃に少し怯んだだけのこと。
それよりも今は俺よりも気を向けるべき存在がきっとそこに――
「……何者かしら」
倒れたまま頭だけを持ち上げて飛び降りた馬車の方を見ると既に立ち上がっていたフランが服に着いた汚れを軽く払いながら鋭い口調で問いかけた。
「――」
その顔が向けられる先――今まさに乗っていた馬車のその屋根の上に黒い影が一つ立っていた。
「……」
「――――」
フランの問いかけに答えることのない影。
ゆらり、と屋根に手がつきそうな程に前のめりになる体勢は人間というよりも四足歩行の野生の獣のようにすら見えた。
「ひぃいいい!!」
と、瞬間的に静寂に包まれた周囲に甲高い悲鳴が響く。
反射的に視線を声の方へ移すと馬車を牽くその馬の背中から一人の初老の男が慌てた素振りで飛び降りたかと思うと、そのままふらつく足取りで一目散に木々の奥へと駆けて行ってしまった。
それは名も知らないが屋敷からこの馬車を牽いていた男。
つまりはフランの家の人間だったが彼はこちらを振り返ることもせずにどこかへと走り去っていく。
呑気なことだがそこでようやく俺は今自分が薄暗い森の中にいる、という事実に気が付くことができた。
「……はぁ、大方金で買われでもしたのかしら。いくら貰ったかはしらないけどそんなものと引き換えに私を差し出すなんてまったく恩知らず」
逃げ足早く既に見えなくなったその男に小さくため息をつくフラン。
それは哀しみではなく明確な怒りであり、どこかのんびりとしているようにも見える反応をするそんなフランを馬車の上の影は動くこともなくじっと見下ろしていた。
「――――」
木々から落ちる影で黒く見えにくいのか、と思っていたが実際にはそれはただ全身が黒いだけだった。
闇に紛れるように。
影に溶けるように。
黒い衣服、黒い面に身を包んだ影が物言わずにこちらを見下ろしている。
「なんだ……あいつは」
ぐっ、と体勢を立て直すように地面に片膝をつきながらよく見てみるとその黒い腕に何かが握られているのがわかった。
背後の森の闇やその身体に紛れてわかりにくいが細い一本の棒状の何かが一直線に馬車の屋根を貫通していた。
仮にあの時あのまま座っていれば三人のうち誰かがあれに上から貫かれていただろう、そう考えると背中に冷たいものを感じる。
「さぁ答えなさい。貴方は誰の差し金かしら。ファストゥス? それともメルギリウス?」
問いかけるフラン。
俺がゆっくりと立ち上がり無事とわかったのかエルナもその顔を屋根の上の影へと向ける。
「――――」
三人から見上げるようにまっすぐに視線を向けられても尚、影は何も語らない。
動揺や困惑から言葉が出ない――というわけではなく、ゆらりとした前傾姿勢を保つその姿からは人間的な感情というものをまるで感じることができない。
しかし一方で魔獣などのように明確な敵意や殺意というものがあるわけでもなく、まるで本当に黒い影の塊を見つめているかのようにそこに生き物としての熱や動きを感じることができない。
「……」
そんな沈黙がそのままいつまでも続くのではないか――そんな思いが一瞬頭を過った瞬間、
「――――ジッ」
小さな、ほんの小さな羽虫の羽音のような音と共にふっ、と影が揺れた。
それが影の腕が振るわれたため――そう気が付いたときには、
小さく、しかし人一人の命を貫くには十分な。
指先程の黒い刃が風を切ってまっすぐに。
「フラッ――」
まっすぐに影を睨んでいるフランのその目と目の間を目掛けて飛んでくるのがどういうわけか俺の目にははっきりと見えて。
「『
けれど見えるだけでそれを止めることなんてもう間に合わない、それでも足が一歩動いたところで短くしかしはっきりとした言葉が紡がれるのを聞いた。
「――ン!!」
足と同時に反射的手を伸ばしていた手が止まる。
眼前には立ち尽くしたままのフラン。
そのまま黒い刃に眉間を貫かれているはずのその身体が金色に輝いていた。
否――正しくは輝く小さな砂のような何かがフランの身体の周りにキラキラと舞っていた。
「――――」
放った一投はしかしフランの命を断つことはなかった。
それを影は焦りも驚きもせずに確かめるように見つめていたかと思うと次の瞬間には音もなく屋根を蹴った。
「っ! 待ちなさい!」
背後に広がる森の闇に溶け込むように跳躍をする影を呼び止めるフランだったが当然それに答えが返ってくることはなく一瞬にして影は跡形もなく消え去った。
「……」
ざぁ、と風に木々が揺れる森の中に奴はまだ潜んでいるかも、という思いは不思議となかった。
きっとあいつは退いた。
あれは無意味にこの場に留まることなく確実な状況にのみ姿を現す存在だ、と初めてみた相手であるにも関わらず俺は何故か確信めいたそんな思いを抱いていた。
「はぁ……ちょっと話を聞かせてもらおうか?」
それは同じ思いだったのか、周囲に気を配ることを止めエルナは大げさにため息をつきつつ呆れたように頭を掻きながらフラン――そして俺を見つめてきた。
「君たち、色々話してないことがあるだろう」
むっ、としたエルナの表情は初めて見るもので、もしかしたら怒っているのかもしれないな、とぼんやり思ったがそれを口にすると更に怒りを買いそうなのでやめておいた。
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