第23話 昔話は、過ぎ去って

「パイライト家は少なくとも四百年前から錬金術を生業としていたわ」


 ガラガラと車輪が土の道を転がる音と振動を身体に感じつつ、フランの言葉に耳を傾ける。


 馬車、というものにはこれまで何度か乗ったことがある。


 それは同じ方面に用事があるもの達や運搬中の荷物などと一緒に乗る狭くて息苦しいだけの馬が牽く乗り物――というのが今日までの俺の印象だったがそれは今完全に塗り替えられた。


 もはや室内という表現をしてもいい程に扉が設けられ完全に外部と切り離された荷台の部分は清潔に整備をされており俺とエルナ、フランの三人で乗っていても狭いと感じることもなく、革張りの椅子に腰かけていると砂利道の振動すらも心地がいい。


 それは俺にすればはまさに青天の霹靂と呼べるほどの驚き具合なのだがフランにとってはこんなものは日常の移動手段でしかないようで乗り込んだ瞬間に気分が盛り上がってしまった俺を不思議そうに見ていた。


 そんな田舎者丸出しの俺と相変わらず慣れたような顔して乗るエルナを乗せ、そのままギルドの集会場へ移動という道中で始まったのがフランの話だった。


 俺がフランの家のことを何も知らないということをエルナが口にした途端、むっ、と眉間に皺を寄せて話始めるのだからそれを止めることはできなかったが正直興味がある話でもあったので黙ってそれを聞くことにした。


「それまではずっと炭鉱仕事をしていたどこにでもある家系だったのだけれど、その代の当主はかなりの学者肌で仕事よりも山の中で土や石ばかり採っていたようね」


 俺たちの方を見ながら遠く、今はどこにもない何かを頭に思い浮かべるようにして己の一族の話を紐解いていくフラン。


 隣を見ればエルナも黙ってしっかりと話に耳を傾けているようだった。


「それで、まぁ何が切っ掛けだったは知らないけれどそんな土いじりの果てにその人は遂に土からきんを創る技を見つけ出した、ということらしいわ」

「らしいわ、って……」

「何か随分と話が飛ばなかったかい?」


 実にさらっとした流れで何かとんでもないことを口にしたフランに俺もエルナも驚きと多少の呆れを含めた反応になってしまう。


 土から金を創る。


 それが錬金術というものなのかはわからないが確かにそれができるのであれば金銭面で困ることはないだろう。


 何しろその元となる素材はそれこそ山のようにあるのだからだ。


「あら? そうかしら。だって本当だもの。それまではパイライトはただのどこにでもある家でほんの一人の天才が転換点となっただけ。そこから先には話せることはたくさんあるけれどそれまでのことは末裔の私ですらよく知らないのよ」


 そんな俺たちにフランはまたしてもさも当然のようにそう言ってきた。


 ――しかし、そう言われれば確かにそれもそうかもしれない。


 由緒正しい貴族や古くから続く一族であるのならまだしもどこにでもいる平凡な――例えば俺のようなもののその血脈など辿ろうと思ってもたかが知れているだろ。


 むしろフランの家が四百年も遡って歴史が残っている方が驚くべきことで俺の家など百年前のことも調べたくてもわからないかもしれないな、と話を聞きながら一人納得をしてしまった。


「けど、まさか無尽蔵に金を創れたわけじゃないだろ? そんな人間がまともに生きていけるわけがない」


 問いかけるエルナの“まとも”という言葉にはどんな意味が込められているのだろうか。


 どういう意図で口にした問いかはわからないがそれを聞いて俺も一人考える。


 仮に土を金に変える力があったとして、そのものはどんな生き方ができるのか、と。


 無限といえる金を手に入れた人の人生。


 己の欲に溺れてしまうか――或いは己以外の誰かの欲に飲まれてしまうか。


 いずれにしても平穏な人生がそこに待っているとは考え辛く、つまりエルナが問うたのはそういうことなのだろう。


「……多分、貴方達が思っている程は悲惨ではなかったと思うわ。その当主はどこまでも研究者だったもの。金は創り出したけどそれは直ぐに次の研究へと当てられて結局彼女の代では大した財を残すことはなかったから」


 ふと、視線を窓の外、馬車の速度に合わせて流れていく景色に向けて呟くようそういったフラン。


 哀愁のようにも見えたがそれは哀しみというよりも、その言葉に浮かぶ誰かを慈しんでいるような柔らかさがあった。


 ――そしてどうやら俺は少し思い違いをしていたようだがその四百年前の当主とやらは女性だったようだ。


「財を成したのはその子供たちからね。だけどその彼らも完璧にその技術の全てを継いだかと言えばそうではないの。四百年前の当主以降、成し得たのは金属を素材にそこから絞り出すように極少量の金を生み出すことだけ」


 それだけでも十分とは思うが確かに土から金を生み出すことと比べればいささか見劣りするのは否めない。


「だから、その技をもう一度再現することこそが私たちに課され続けた課題ということ」


 遠く流れていく景色を見つめるフラン。


 私たち――それはきっとこの景色のように既に過ぎ去って消えていったかつての誰かも含めた言葉。


「そういうことで金を創ることに長けて、それなりにお金持ちになることができたパイライト家はこうやって貴族の真似事をしているってわけ」


 そんな感じよ、と顔を俺たちの方に戻して話の終わりを告げるフラン。


 それは開き直ったような、どこか呆れたような言葉であり何故そんな言い方をするのかは俺にはよくわからなかった。


「あら、何ていったら着いたみたいね。そんなに長く話していたつもりはなかったけど」


 と、そこで揺れていた馬車がグッ、と一瞬前方に重心が傾くようにして――停止した。


「――いや、違う」


 ちらり、と窓の外に視線を向けるフランに対して黙っていたエルナが短く、しかし鋭い口調でそれを否定した。


「――ッ!」


 それが切っ掛けとなったかのようにぐわん、と頭と視界が揺れる。


選択視セレクト

 Ⅰ:待機 (効果なし:負傷あり)

 Ⅱ:外に避難 (効果あり)

 Ⅲ:剣を構える (効果なし)


 鋭いエルナの言葉と同じように、停止した世界の中俺の瞳にだけ映る文字がこれから起こるであろう出来事を冷たく暗示していた。

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