第22話 出発は、朝食の後に
「それで、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」
視線は卓上の料理に向けながら問うエルナにフランは静かに頷く。
何やらもう二人の間では話が纏まりかけている様子であり流石に俺も一言物申したくなってきた。
「ちょっと待ってくれよ。龍種退治ってそれ本当かよ……」
「ええ、本当よ。依頼書にそう書いてあったもの」
「そ、そんなクエスト俺たちで受けられるわけないだろ!」
ギルドで募集がされているクエストは様々なものがある。
その危険度や報酬もクエストに応じて様々であるが基本的に本人に意志さえあればどのようなクエストにも挑むことができる。
無論、そこで生じた負傷や損害といったものもあくまで本人たちの責任ということになるのだが。
「だいたい龍種退治が張り出されてるところなんて見たこともないぞ」
しかし、それでも一部例外はある。
特殊な技法が必要なものや何かしらの条件が必要とギルド側で判断したクエストに関しては受託の際に厳格な審査があり、それを通過したもののみが受けられるように定められているのだ。
要するにあまりにも難易度が高いものに不用意に下級のパーティーが挑んでいらない犠牲が出ることを防ぐための制度であり、あくまでも皆自身の力の及ぶ範囲でクエストを受けているわけで、そのギルドにおいて龍種が相手となるものなどがおいそれと誰でも参加できるようになっているわけがなく、それこそ帝都の兵士程の実績でもなければ審査を受けることもできはしないだろう。
そもそもからして龍種などというものは半分伝説の存在であり、それがこんな一ギルドのクエスト依頼にあるわけがなく俺はどうにもフランの言葉を信じることができなかった。
「おや? 私たちだってつい昨日それを退治してきたばかりじゃないか」
「あれは違うだろ。たまたまっていうか……予想外っていうか……」
困惑を覚える俺にエルナは茶化すようにそんなことを言ってくるが俺はあくまでも真剣だ。
そう――確かにエルナの言う通りかくいう俺たち自身がつい昨日その龍種と呼ばれる存在を相手にしたことも事実である。
しかしあれはもともとそういうクエストだったわけではなくただの探索クエストだったはずがどういうわけかそこに龍がいて、成り行き上それを倒したというだけだ。
大体あれは通常の龍ではなく、龍の影のようなものであるということはエルナ自身も言っていたことであり、昨日のことがあったからと言ってそれとこれとは話が別なような気がする。
「……そういえば、昨日は聞きそびれてたけど貴方達ってどういう関係なの?」
今一つエルナの言葉に納得ができず俺が口ごもっていると、フランはふとそんなことを尋ねてきた。
「え?」
「だから貴方達ってずっと二人でやってるの? 二人きりのパーティーなんて
一口カップに口をつけながらまじまじと俺とエルナに向けられるフランの言葉と視線。
何となく、その言葉にはエルナが上で俺が下、というニュアンスが込められているように感じられたがそれについては気にしないことにしよう。
思えば昨日は俺たちが龍を倒してきた、という話をしただけでありその前の話は特にしていなかったかもしれない。
しかし改めて聞かれると何と言ったものかまた迷ってしまう。
どういう関係と言われればついこの前出会ったばかりの間柄であり、そもそも俺は仲間から見捨てられるようにして一人きりになっていたただの剣士見習いであり、
「そうだな、何ていったらいいか……」
「私は彼の保護者。彼は私の保護され者。それだけだよ」
「……」
あのな、と一言二言以上言いたいところだったがあまりに平然と当然のようにそんなことを口にするのでその気も起きなくなってくる。
いやそれでも保護され者ってなんだよ、ということぐらいは文句の一つも言ってよかったのかもしれないが、
「そうなのね」
質問をしてきた当のフランはそう納得をしたように頷くので最早俺は何も言うことができなかった。
「まだ出会ってからそんなに時間が経ったわけでもないけどお互いに相手のことは良く知っているつもりさ。ね?」
「むっ……」
呆れてしまっていた俺だがエルナのその問いにまた言葉を失ってしまう。
一体どういう返事を期待しているのだろうか、俺は彼女が言うほど彼女のことを知っているわけでもないと思うのだが、
「まぁ色々とあったといえばあったかもな」
何故かその言葉を否定する気にはなれず、微妙にずれた答えにはなったかもしれないがそう答えておくことにした。
「それで話は戻るけど、そのクエストの詳細について聞かせてもらっていいかな」
「えぇ、そうね。けどそれなら集会場に行きましょう。ここで話していてもうまく伝わらないだろうし」
脱線しかけた話を戻すエルナ。
どうやら彼女は本当にこの話に関心があるようで話をするように再度促したが、それに対してフランはすっ、と静かに立ち上がりながらそう言うとテーブルを離れて歩き出した。
「着替えてくるわ。貴方達はゆっくり食事をしていて」
言うが早いかどこからともなく現れた給仕姿の女性達と共に部屋から出ていくフラン。
いつの間に食べ終えていたのだろう、見れば彼女の前に置かれていた朝食は既になく先に出発の準備をするということのようだ。
「やれやれ、随分一方的なんだな。ほら、君も早く食べたほうがいいよ」
フランが去っていった扉の方を見ながら呆れたようにため息交じりのエルナもカップに注がれたお茶以外には皿の上は空になっていた。
どうやら俺だけが話に驚いたり戸惑ったりしているうちに食べるのが遅くなっていたようでもう出発するというのならエルナの言う通り早く食べ終わらないといけない、と慌てて料理を口に運ぶ。
「しかしパイライトの娘が何の用かと思えばただクエストに参加してくれだけとはね」
ぼんやりと少し視線を遠くに向けながらぽつりと呟くエルナ。
パイライト、と言えばそれはフランの名前であり即ちこの屋敷を持つ一族のことなのだろう。
「何だ、エルナはこの家のこと知ってるのか?」
「……逆に君は知らないのかい? パイライト家といえば錬金術の名門の一つだよ」
「はぁ、なるほど」
もしかしたら俺を質問は随分間の抜けたものだったのだろうか、エルナは少し呆れたようにそう教えてくれたがはっきり言って俺はまったく聞いたことのない名でありやはり今一つその意味がよくわからない。
「要するにお金持ちの一族なんだ。だからわざわざ小金稼ぎのようなことをするとは思えないからもう少し話を聞きたかったんだけど」
エルナにはエルナなりの疑問があったようだがそれについては語られることなく肩透かしを受けていたようだった。
「けど報酬がいいというのならそのおこぼれをもらうのも悪くはない。君もそう思うだろ」
「ま、確かにな」
もぐもぐと口に料理を押し込みながらエルナの言葉に頷く。
そう確かに道行の金というものは常に必要でありそれを手に入れられるというのであれば話を聞くぐらいはしてもいいのかもしれない。
しかしだからといって龍退治なんてまっぴらご免であり、どうにかうまく別の提案ができないだろうか、と残されたスープを一息に飲み干したところで、
「お待たせしたわね」
ぐっ、と扉が動く気配と共に凛とした声が室内に響く。
待たせた、という程の時間でもなかったがそれも彼女なりの礼儀だろう。
「さ、行きましょう。表に馬車を用意してあるから。
見れば、薄桃色の髪を二つに結び、動きやすくしかしながら優雅さを損なわないような意匠をこらされたドレスのような服に着替えたフランが開け放たれた扉の向こう側に立っていた。
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