第21話 衝撃は、朝食と共に
「まず、昨日は粗相をして申し訳なかったわね」
こくり、とお茶を一口飲むとフランはそう話を切り出した。
二つに結ばれていた薄桃色の髪は今はゆったりと一つに軽くまとめられている。
凛とした目は昨日見たものと変わらないが髪型が変わっただけでも少し印象が違うように感じられた。
そんな彼女と共に囲む卓上に運ばれてきた朝食はスープやパンといった普段俺が食べているようなものとさして変わらないラインナップ。
ただし、それが載せられている皿や一口齧っただけで口に広がる味は俺の目や舌でも違いを感じてしまう程のものだった。
無論、普段のものが下で今食べているものが上である。
これが俺たちがいるから特別に用意されているのか、或いは普段からこういったものを食べているのか知りたいところではあるが流石にそれは気恥ずかしく尋ねるのはやめておいた。
「あ、あぁ。いや気にしないでくれ。というよりもむしろ俺たちの方が申し訳ないというか……」
言ってそのまま口ごもってしまう。
昨日、ギルドの集会場で突然嵐のように現れ俺たちに難癖をつけるようにしてきたフラン。
その目的はどうやら俺たちがクエストで手に入れた指輪だったようだが話をしてそれは諦めてくれたようだった。
なのでそこで話は終わり、と思っていたところフランは今度は自分に協力をしてほしいと申し出てきた。
一体何のことかと聞こうとしたのだがそれは“私の家でゆっくりと話すから”と俺とエルナが言われるがまま招かれたのがこの屋敷であった。
俺が日常過ごしている安宿とは比べ物にならない屋敷にはエルナも少しは驚いていたようであり、その衝撃に何か夢でも見ているように自分の知らない世界に連れてこられた俺たちはぼんやりと考えが纏まらないまま客室として用意された部屋へと連れていかれた。
“詳しい話はまた明日するから”
そう言われてはそれを断ることもできずにそのまま一晩を過ごし、迎えた朝が今というわけだ。
「何というかこんなことになるとは思ってなくて……」
何に対してかは自分でもよくわからないがこんな待遇を受けていることに申し訳ないような気持ちが湧いてきてしまった。
「何よ? どういうこと?」
「いや、気にしなくていいよ。彼にはちょっと刺激的過ぎただけのことだ」
そんな俺の心中はうまく伝わっていないようでもごもごとした態度をしている俺に首をかしげるフラン。
一方でその隣でそんなことを言うエルナは優雅とすら感じさせる所作で小さくちぎったパンを口に運んでいる。
俺とは違ってこういう場所にも慣れているのか、もしくはそういうフリなのかはわからないがエルナは既に一晩明けこの場の空気に馴染んでいるようで一人未だ落ち着かない俺を茶化すように見てきた。
「よくわからないけど、とりあえず本題に入っていいってことかしら?」
すっ、と軽く姿勢を正しながらこちらを見つめてくるフラン。
開口一番まずは詫びから入ったということに彼女なりの義理堅さのようなものを感じるが俺としては最早昨日の出来事は気にもしていないことだった。
何よりも俺の頭はそもそも俺たちがここに呼ばれた理由――その“本題”とやらのことで一杯でありむしろ早くそのことを聞きたいぐらいである。
――いや、訂正。
興味があるのは本当だが関わりたいかと言われれば非常に嫌な予感しかしないので耳を塞ぎたい自分もいるのだ。
「話は簡単よ。私と一緒にクエストに行ってほしいの」
色々と自分なりに想定と覚悟をしていた俺だがそうして告げられたそれは彼女の言う通り本当に簡単で簡潔な一言であり、正直少し肩透かしを受けたような感覚だった。
何よりもその言葉はつい数日前に目の前にいるエルナが口にしたものと同じ言葉であり俺はその偶然の一致に思わずどきりとしてしまっていた。
「ふぅん」
しかしそんな俺とは対照的にエルナは神妙な面持ちでちらり、と横目でフランを見てそう呟いた。
「詳しく聞かせてもらえるかな?」
その目もその言葉もいつものエルナと変わりはしないのにどういうわけか俺は少し背中に冷たいものを押し付けられたかのように僅かに自身の体温が下がるのを感じた。
「ええ、そうね。まずは何から話したらいいかしら? 目的と言われればお金よ。そのクエストかなり報酬がいいの」
エルナの視線に何か感じることはないのか、感じていてもあえてそれを無視しているのかフランは変わらずきっぱりとした口調でそう言い切った。
だがその言葉は俺としてはかなり引っかかるものであり、
「報酬って……だってお金持ちだろ?」
などと我ながら貧乏くさくて何とも間の抜けた反応であることは口にしてから気が付いた。
「そうね、私はお金持ちよ。でもそれとこれとは話が別。私お金が要るの」
広々とした屋敷に住み、優雅な朝食を前にしての発言は場合によっては他人の顰蹙を買いかねないもののような気がする。
しかしそう言うフランは決してどん欲に金を欲しているわけでも、金持ちであることに笠に着ているわけでもなく、その顔は真剣なものであり気安く否定したりすることはできないもののようだった。
「まぁパイライト家の人間が何でクエスト報酬なんかに拘っているかはいいとして、それでどうして私たちなんだい?」
尋ねるエルナに俺もこくこく、と頷く。
そう、かつてエルナが俺を誘ってクエストに挑んだようにこうして一緒に戦ってくれる仲間を集めることはギルド内では何も珍しいことではない。
しかし――いやだからこそエルナの疑問は正しいのだ。
何しろ俺たちはたった二人の集まりであり、エルナはどうか知らないが俺は何ら特別なクエスト達成の実績があるわけでもないただの下級メンバーである。
ギルドでは公式に仲間を募集する手続きもありそこを通して人を集める者もいる。
つまるところギルド内で集めるにしても俺たち以上の人間は山ほどおり、むしろ俺たちなど真っ先に人選から外される存在のはずなのだ。
にも関わらずあえて俺たちに声をかけてきたということにエルナは疑問を持っているのだった。
「あぁ、それも簡単な話。そのクエスト龍種退治なの」
「ほぁっ!」
実に簡潔に。
あっさりと。
それこそ朝の挨拶のように繰り出された一撃に俺の口から漏れたのは言語にもなっていない声だった。
ちらりと視線を横に向けると流石のエルナも眉間に皺を寄せ怪訝な表情を浮かべている。
「……龍種退治、だって?」
そう呟くエルナの頭に浮かんでいるのはきっと俺と同じく暗い洞窟で咆哮をあげるあの漆黒の影。
「えぇそうよ。でも大丈夫でしょ? 貴方達、龍を倒したっていってたもの」
目に耳に、身体全体であの龍の存在を思い出している俺たちを他所に何てことのない風にフランはそう言ってお茶の注がれたカップに口をつけた。
「……」
しかし、神妙な顔をしながら尚テーブルに用意された朝食に手を伸ばすエルナの存在がそれを許さない。
――即ちそれは少なくともエルナにはこの話を断るつもりがない、ということの現れであり俺は小さく二人には聞こえないようにため息をつくしかできないのだった。
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