豪華絢爛な選択編
第19話 朝、目覚めと共に
朝は憂鬱だ。
別に起きるのが苦手というわけではなく、むしろ小さい頃には朝には朝の仕事があり夜明けと共に起きることだって珍しいことではなかった。
だが、それでも眠り続けられるものなら寝ていたいものであり、要するに起きるということは楽しいこととは限らないのだ。
「……」
何となく普段からそんなことを考えていた俺だが、どんな状況でもその感情はあるのだな、という事実を今悟る。
何しろふかふかと柔らかく己の身体を包み込んでくれるベッドで寝ていても尚、目が覚めた時の感情は同じだったのだからそれはきっといつでも感じることに違いない。
「はぁ……」
だから朝一番でため息をついてしまったものそんな寝起きの憂鬱故なのだ。
断じて、このあと待っているであろう出来事を想像してのものではない――と自分に言い聞かせる。
そうでないと気が重たくて今日という一日を始めたいとも思わない。
「おはようございます」
「うおぉ!!」
と、幾重にも薄い布が重なって層をなしている天蓋を仰向けになったまま見上げていると頭のすぐ横で囁かれたような声に神経が過剰に反応をしてしまった。
「おはようございますタクト・クリアス様」
そんな俺の動揺に気を止めることはないのか傍らに立っていたその女性はベッドで上半身だけ起こした俺にもう一度そう言うと恭しく頭を下げてきた。
その落ち着いた物腰だけでも名前も知らないこの人が確かな教育を受けている、ということがわかる。
「よくお休みになれましたでしょうか」
すっ、と顔を上げ問われる。
所謂来客に対する定型文のような問いかけなのだろうが朝から他人に言われたことなどない俺の答えは「は、はい」と硬く緊張したものになってしまった。
「朝食のご用意ができております。ご用意が済まれましたらどうぞ一階までお越しください」
俺の反応は端から見ればぎこちなくおかしなものだっただろうにそう感じている様子は微塵も顔に出すことなく簡潔にそう言伝を述べる女性。
いや、もしかしたら本当にそう感じてもいないのかもしれない。
他人に対しておかしく思うなどといった感情を抱かないように教育を受けてきた、そんな印象が女性にはあった。
「あ、ああ。ありがとうございます。えっと……」
呆けている俺をしり目にもう一度頭を下げ、退室の動きを見せる女性に何となしに声をかけてしまうと、
「失礼いたしました。私このお屋敷で皆さまのお世話を仰せつかっておりますセルヴィアと申します。どうぞご用の際には何なりとお申し付けください」
ついっ、と服の裾を軽く指でつまみ持ち上げながら会釈をして女性――セルヴィアは名を名乗ると俺を置いて部屋を出ていった。
「はぁ」
口から漏れたのは今の言葉への頷きなのか、或いはただため息なのか。
それはよくわからないままベッドの上から周囲を見回す。
シミの一つもない白を基調とした壁が周囲をぐるり、と取り囲む。
取り囲むといっても今いる位置から壁までの距離はそれなりに広く、俺が二回寝返りをうっても落ちることはないだろうベッドにいながら尚そう感じるということは如何にここが広い空間なのかということがわかる。
天を見上げればそんなベッドをすっぽりと覆う天蓋が穏やかな雰囲気で寝るものを包んでくれる。
なので今は見えないが確か天井には光り輝く宝石をそのまま圧縮したかのような大きな灯りが取り付けられているのを昨日見た記憶がある。
しかし今室内が明るいのはその灯りのお陰ではなく、壁の一面に設けられた窓が外の光をしっかりと取り込んでいるため。
いや、窓というよりもあれは外へと通じる扉といった方がいいだろう。
今はカギをかけて閉じられているがあれを思いっきり開け放ったらさぞ気持ちがいい風が部屋に入ってくるだろうと感じる。
兎にも角にも広くて高くて大きなこの場所こそが俺タクト・クリアスの住む家――なわけがない。
「……起きるか」
一人そんなことを考えていた俺だったがこのままここにいても仕方がない、といい加減起き上がることにする。
朝食が用意されているとセルヴィアが言っていた。
きっと二人も待っているような気がしたのでまずはそこへと向かおうか、とベッドから一歩出た瞬間――
「……っ!」
ピィィン――、とどこか遠くで小さな鈴か鐘が鳴る。
否――違う、これは外の音を耳が捉えたのではなく、己の頭の中で響いた音に己自信が共鳴しているだけのこと。
小気味よく反響するこの音がどこから聞こえてきたのか、なんてことはどうでもいい。
ただ俺はついこの前も聞いたような気がして――
――条件達成によるスキル獲得を通知――
新規獲得スキル:『肉体補正【未来】:スキルランクEX』
『
「――ッ……」
グラッ、と眩暈のような感覚と共に直接に頭の中に浮かぶようにして文字が見えるような錯覚。
「なんだ……今の……」
しかしそれも一瞬の後にはまるで何もなかったかのように消えてなくなった。
揺れを感じていた頭も体も元に戻る。
今の現象がなんであるかは――実際には何となく想像がついているが――話をしてみないといけないだろう。
気分が悪いわけでもないので俺はまずは顔でも洗おうと外の廊下へと通じる扉のその豪奢な取っ手に手をかけた。
――多分きっと。
というか間違いなく、これから騒がしいことになるだろうという確信があるのでせめて朝食だけはしっかり食べさせてもらおう、と俺は自分が間借りしている部屋の数倍は大きなこのパイライト家のお客様用の部屋を後にする。
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