第17話 長いので、フランで

「それじゃあこれは君のものだっていうのか? えっと……」

「フランソワーズ・フォン・ニコラメルス・パイライトよ。しっかりと頭に刻みなさい」


 フランソワーズと名乗った女性は隣の卓から奪うようにして持ってきた椅子に腰かけると腕を組んでふんっ、と鼻を鳴らしながらそう言った。


 その姿はとても友好的には見えず、少なくとも初対面の相手の前でするような態度とは思えない一方、凛とした瞳と言葉をしているフランソワーズにはこういう在り方がとても似合っているようにも感じられた。


 不思議なことに先ほどまで早鐘のようだった心臓も今は落ち着きを取り戻し、気分も悪くはない。


 或いはあの感覚も俺のスキルによるものだったのだろうか。


「ふぅん」


 などと俺がいきなり現れ許可もなく同じ卓に座ってきた謎の人物を観察しながらそんなことを考えていると対面のエルナは聞いているのかいないのか頬杖をつきながらそう呟くように声を漏らした。


「なんでそうなるのかな? これは今私たちが見つけてきたものなんだよ? フラン」

「ちょっと、変な名前で呼ばないでよ」

「だって君の名前長くて覚えられないんだもん」

「――はぁ」


 フランソワーズ――もとい、確かに長い名前のフランは自分の名前を正しく呼ばれなかったことが気に障ったようで訂正を求めるたがエルナはさも当然のようにそう言い返した。


「……はぁ、まぁいいわ、先に質問に答えてあげる」


 もう一度小さくため息をつきながら腕を組み、眉間に皺を寄せるその姿は見るからに不機嫌そう。


 腰のあたりまで伸びたものを二つに縛った薄桃色の髪も線を引いたように整えられた長い睫毛の瞳もこんな風に人で賑わっているギルドの集会場にはあまり相応しくないものに見えた。


 山奥の村育ちの俺はもちろんのこと、黒いローブを身に纏い何というか『魔法使い』然としているエルナと比べてもその雰囲気は独特のものであり、簡単に言えば俺たちとは育ってきた環境が違うような、そんな印象があった。


「その指輪はね、私が先に目を付けてたんだから。どこにあるかも全部調べてわかってたのに」


 恨めしそうな視線は卓上に置かれた指輪に向けられている。


「調べてたって、あんたはこれが何か知ってるのか?」

「いや、全然」


 その口ぶりからこれは実はそれなりに価値のあるものなのでは、と期待のようなものをもって尋ねた俺をフランは一言で否定した。


「それで自分のものって、何を言ってるんだかよくわからないんだけど」


 そんなフランに呆れたように困ったように大げさに手を広げるエルナ。


 何となく相手の癇癪を誘うようで、それが意図的なのか無意識なのかはわからないが俺はこの二人の相性があまり良くはなさそうなのを感じる。


「貴方達にはわからなくても同然ね」


 その言葉に苛立ち交じりにそう返すフランだがそれが元からそういう性格なのか、今のエルナの言葉に対しての反応なのかはわからない。


「ま、まぁ待ってくれよ。いくらなんでもそれはないんじゃないか? あんたがこれを探していたのはわかるけどさ、ギルドのクエストを受けたのは俺たちなんだしそれならこれは回収してきた俺たちのものってなるだろ?」

「そうだよ。私たちは私たちなりに結構苦労して持って帰ってきたんだからね」


 元から大して良くはない場の空気が更に悪くなりそうなのを感じた俺は何とか穏便に事を納めようと話をしたかったのだがエルナもそれに乗っかるようにしてきたのでまるで二人してフランを責めているようで反ってばつが悪くなってしまった。


「苦労って、ただの探索クエストじゃないの。どこで嗅ぎつけてきたかはしらないけど私が仲間を探している間に横から掠め取っていたくせに」


 自分達の権利を主張する俺たちをハッ、と鼻で笑うように否定するフラン。


 その態度には少しむっ、とした思いもなかったわけではないが、


「ただの探索ってわけじゃなかったけどな……」


 今はどちらかというとその言葉を正したい思いの方が強かった。


 何しろ見上げる程の巨龍と出会い、それを倒さなければ手に入れられなかった代物なのだ。


 そもそもあれが『探索』などという種別で発注されていることがまずおかしいのだがそれはさておき俺たちが乗り越えてきた苦難をただのクエスト、という一言で片づけられたくはなかった。


「……? だって探索って出てたじゃないの?」

「いや、実はだな……」


 そんな俺にきょとん、とした顔をしてくるフラン。


 しかめっ面以外にもそういう顔もできるのか、と思いながらそれはさておき俺は先ほどあった洞窟での出来事について話をすることにした。


 ――――


「何よそれ……龍種退治なんてあるわけないじゃないっ、それにそれを二人だけで倒したなんて……」

「まぁ正確に言えば龍種もどきだろうけどね」

「っ……」


 俺の話を黙って聞いていたと思ったが巨龍の身体が消えた後にその指輪が出てきた、と聞いて堪えかねたかのようにフランは少し声を荒げてそう言ったがそれをエルナが静かに補足すると勢いを殺されたように言葉に詰まってしまった。


「それとも私たちが嘘をついてるって思うのかな? そりゃまぁ信じにくい話だろうけどさ」

「……いいえ、信じるわ」


 先ほどまでの苛立ちから一転、困惑という感情に囚われている様子のフランだったがエルナの問いには意外な程あっさりとそう言ってきた。


 さっきまで指輪を寄こせの一点張りだった強気な態度がまるで嘘のようで俺は今一つ目の前のフランという女性のことがわからなくなる。


「じゃ、もういいかな? まだ正式にはクエスト達成の手続きはしていなくてね。誰かさんが受付で騒いでいたおかげでさ」


 ふっふっふっ、と勝ち誇ったかのように皮肉をたっぷり混ぜ込んだエルナの言葉。


 別にそもそも戦いでもなく思い違いがあっただけのような気はするのだがエルナはこの結果に満足しているらしい。


 しかし俺としてはむしろしゅん、と席に座って黙り込んでしまったフランのことが申し訳ないような気がしてきてしまった。


「えっと、悪いけどそういうことだからこれは俺たちが貰ってってもいいかな?」


 じっ、と何かを考え込むように視線を卓上に向けているフランに恐る恐ると声をかける。


「ええ、いいわ。それならそれは貴方達のものみたいだし」


 するとフランは静かに椅子から立ち上がると服に着いた皺を伸ばしながらそう言った。


 その仕草や口調は無骨な面々が多いギルドにはやはり似つかわしくない程に洗礼されたものに見え、一体この人騒がせな女性は誰だったのだろう、などとぼんやりその一連の動きを眺めていると――


「それよりも、貴方達の方が興味深いわ。悪いけどちょっと私の手伝をしてくれない?」


 それが人にものを頼む態度か、と言いたくなる言葉と共に腰に手を当て胸を張るフラン。


「大丈夫よ。私、物の価値を見極めるのは得意なんだから」


 何が大丈夫なのか、さっぱりわからないが当の本人は自信満々といった風のフランに、俺とエルナはただ黙って顔を見合わせるしかできなかった。

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