第16話 勝利の宴、なのか
「かんぱーい!」
「か、乾杯……」
騒がしい辺りの声にも掻き消されることなく快活なエルナの声に多少押され気味になりながら俺もそれに応え杯を打ち合わせる。
勝手知ったるギルドの集会場の隅の席。
別に俺たちの指定席、というわけでもないのにいつも空いている円卓の上にはいくつかの料理。
「ぷはー」
所狭しと並んだ料理の皿の隙間に杯を置きながら大きく息をつくエルナ。
――注がれているのは薬草を煎じたお茶であるにも関わらずまるで一仕事終えた後の一杯のような飲みっぷりと反応であるのはこの際どうでもいいだろう。
例え目の前にあるのが酒でないとしても俺たちが一仕事を終えた、というのは決して間違いではないのだから。
「結局これは何なんだ?」
「ん?」
ごくり、と喉に感じる薬草の味感じつつ、ごちゃごちゃと注文された料理で埋め尽くされている卓上に無造作に置かれているそれを指さしながら尋ねる。
俺の指と視線の先にあるものは何の変哲もない小さな指輪。
しかしそれこそがつい今しがた抜けてきた洞窟の最奥で俺たちが見つけたもの。
本来ならばクエスト達成の報告をギルドの案内人にしなければならないのだが集会場に辿り着くや否やエルナはまずは勝利の宴と言わんばかりに食事を始めると言い出したのだった。
正直なところ俺もどっと全身に疲れが溜まっておりその考えには賛成だったのだが、
「本当にこれでよかったのか?」
『探索』クエストにも関わらずその探すべきものが不明というクエストに挑んだ結果見つけたそれを俺たちは正解と決めつけて持ち帰ってきたものの実際にそれが正しいかわかりはしない。
最終的にはギルドにクエスト達成を認められるかが全てであり、俺としては先にその辺りの成否だけでも確かにしたい、という思いもあった。
「あぁ、そのことか」
そんな風に僅かに疑問を抱えたままの俺に対してエルナはふぅ、ともう一口薬草茶を飲み一息つくとまっすぐにこちらを見つめてきた。
「それなら大丈夫だって。あの洞窟には他にクエスト対象になり得そうなものはなかったし、私の目から見てもこれはただの指輪じゃない。――それに、君が
「……そういうものなのか?」
「まぁそんなに疑うのなら確認しに行ってもいいけど……」
そこでちらり、と視線を流すエルナ。
視線の行く先は今いる場所からちょうど反対側の壁の辺り。
今日も今日とてギルドのメンバーたちで賑わっている集会場の一面に設けられた受付の窓口。
新たに発注のあったクエストが張り出されていたり、反対にクエストを達成したパーティーがその手続きをしたりと誰もがお世話になるそこはある意味ではギルドの中枢ともいえる場所。
「なんか立て込んでるみたいだしねぇ」
はむ、と卓上に並んだ料理をつまみながら呟くエルナ。
そう、クエストを達成しここについた俺たちがこうして先に食事を始めたのは確かに空腹を感じているから、というのもあるがもう一つの理由はそこにあった。
「まだやってるのか……」
俺も皿の上に載せられた何やらよくわからない肉らしきものに手を伸ばしつつエルナの視線を追う。
集会場についてまずは受付に寄ろうとした俺たちだが折り悪くその時そこではひと騒ぎが起きていた。
遠目に見ただけではっきりとはわからなかったが誰かが受付に詰め寄って何かを騒いでおり、他の案内人たちはそれを宥めるように対応に追われていたようだった。
何とも乱暴な人がいるものだ、と思いながら正直それは決して驚くような光景でもない。
良くも悪くもこういうギルドに加入しているものというのは血気が盛んな傾向があり言い合いが過熱しひと悶着が起きることは稀にある。
なので仕方がないと先に食事を始めた――というのが数刻前のことなのだが。
「困っちゃうよねー」
などと、あまり心を込めていない口ぶりで怪しげな植物の盛り合わせに手を付けるエルナ。
俺もギルドの一員としてこの集会場は何度も利用しているがエルナが注文した料理は本当にこんなものがあっただろうかと疑問を持ちたくなる程に見たこともない品々であった。
無論、ここの給仕係が作っているのだから中身に間違いはないだろうが、ポコポコと泡を立てている濃紺の色をしたスープらしきものに口をつけるのは少し後にしようと思った。
――何よりも。
「……だな」
――胸に走る動悸が今俺から食欲を奪っている。
それはエルナには言っていない秘密。
どういうわけか俺は集会場に戻ったときからどきり、と心臓の鼓動が速くなる感覚に襲われていた。
いや、正確に言えばそれはあの受付での騒ぎを見た時からか。
「迷惑な人もいたもんだねぇ」
もぐもぐと人の顔のようにも見える果物らしきものを頬張りながら、他人事のようにいうエルナの言葉にまたどくんっ、と心臓が鼓動を打つのを感じる。
それは痛みや恐怖ではないが――とても嫌な感覚。
何かこれから己の身に途轍もなく不吉なことが起こることを本能が察しているかのような肉体からの警鐘のようで少し冷や汗のようなものが出そうになる。
「……どうかしたかい?」
なるべくそれは悟られないように努めていたつもりだったが顔には出てしまっていたのか顔を覗き込むようにしてエルナがそう尋ねてきた。
「っ……いや、何でもない」
頭を横に振ってそれを否定するが悪寒はなくなるどころか口に出したことでさらに増したようにすら感じられる。
ドッドッドッ、と早鐘を打つ鼓動は収まる気配がない。
「――何かあるのかい?」
「……いや、わからないが」
俺の異変は最早見た目にも明らかだったのか、エルナは声を潜めるようにして周囲に警戒を張るように視線を配る。
心配をしてくれていることには感謝をしたいが当の俺自身がこの異変の原因がわからないのだからどうすればいいのかもわからない。
今はただ、ドッドッドッ、と嫌な予感を感じさせる鼓動に身体を揺さぶられるようで――
「っ!?」
というよりもそれは本当に物理的な揺れのような気がしてきて――
「――――あーなーたー……」
ドドドドッ――、と全身で感じていたそれが床を踏みしだく足音であると理解するよりも先に、
誰かがこちらにやってくる気配を感じるよりも先に、
地の底から響くような声が耳に届いた。
「たちっ! なのね!!?」
ドドドドドドドッ――――ドンッ!
食器が一瞬宙に浮いたのではないか、と錯覚してしまうほどの衝撃で卓に掌を叩きつけながら怒声を浴びせてきたのは一つの影。
「返しなさいよ! 私のなんだから! それ!」
びしっ、と料理の間に埋もれるようにして置かれた小さな指輪を指さしながらそう言ってきたのは一人の女だった。
薄桃色の髪に気の強そうな眼付をしたその顔にはまるで見覚えはなかったが、そのシルエットこそが先ほどまで受付で騒いでいた張本人その人であることは直ぐにわかった。
そしてそれを理解すると同時に本能が察する。
俺の胸に湧きあがっていた嫌な予感は間違いなくこの人物に関わるものなのだ、と。
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