第14話 その手で、断て

「さぁ!」


 指先に構える杖で真っすぐに俺の進むべき道を指し示すエルナ。


 何とも頼もしい言葉と立ち振る舞いである。


 ――ただし目の前にいるのがギラギラと血走った眼を剥いて鋭い牙を露わにする巨大な龍でなければ、の話だが。


「ん?」


 と、いつまでも呆けた様に立っている俺に不思議そうな顔をしてくるがそうしたいのはむしろ俺の方である。


「いや……えっと、何て?」


 聞きたくないような気持ちもあったが念のために聞き返してみる。


「だから、君はそのままあれに斬りかかってくれればいいのさ!」


 そうして返ってきた言葉にもはや俺は何と言えばいいのだろう。


「いや、無理だろ!」

『Ooooooooooooooooo!!』


 とりあえず当然のこととして抗議の意を述べようとしたのだが、それを耳障りに思ったか巨龍が威嚇するように咆哮を上げた。


「うぉっ!」


 先ほどのような攻撃を予感し、俺とエルナはせめてその視線から隠れられるようにと岩の陰へと身を隠した。


 巨龍の腕の一振りで捲りあがった岩盤の陰であり、正直なところ相手の巨躯からすればそんなもの何の盾にもならないだろうが今は一時でも呼吸を落ち着ける間が欲しかった。


「いいかい、手短に話すとだね」


 そうして岩陰に隠れて一息をついていたところエルナが俺の顔を覗くようにしながら小さな声で話を切り出した。


 ぴっ、と杖を立てながら話を始めるその姿は弟子に向けて何かを説明する師のようでもありこんな状況でもつい意識がそちらに集中してしまう。


「単純なことさ。剣で攻撃しろ、それも“火”でだ。つまり君の剣に火の属性を付けて斬ってしまえばいいってことさ」

「ことさ、って言われても俺にはそんなことできないぞ」

「安心しなさい、そこは私が何とかしてみせようじゃないか」


 ふふん、と胸を張るエルナに俺は僅かばかり思考を巡らせる。


 こういう時にこそ『選択視セレクト』が発動してくれれば、と思うのだがそう上手くいくことはない。


 故に俺は俺の頭で考える。


 しかし考えるといっても実は答えは既に決まっているも同じ。


 いずれにしても俺の剣が通用しないことは明らかであり、かといってこのままここで退きさがるつもりもない。


 それならば今はエルナの考えに乗ってみるしかない――それが結論だった。


「よし、やってみるか」

「ふふっ、いい返事だ」


 俺としては覚悟を決めての頷きだったのだがまるでそうなることがわかっていたかのようにエルナは笑みをたたえて頷き返してきた。


 なので、もうそれ以上話すことは互いになかろうと、二人同時に岩の陰から飛び出す。


『Ooooooooooo……』


 そうして目の前には黒々とした鱗に身を包む巨龍が一頭、再び逃げることなく現れた俺たちを視界に捉え地の底から響くような声で唸りを上げた。


「っ! じゃあ任せたからな!」

「任された!」


 身体が揺れるのは俺の心の問題ではなく、物理的に足場が振動しているため――そう思うことにしてそれを振り払うように一歩踏み出す。


 背中にエルナの視線、前方に巨龍の眼光を感じながら動き出した足の加速を上げていく。


 そうしないと立ち止まってしまう気がして、そして一度立ち止まってはもう足は動かないような気がしたから。


 何しろ己の攻撃が効かない、とわかっている相手へもう一度斬りかかるというのだからこれが自殺行為でなく何というのだろうか。


 だがそれでも今はその思いは断ち切って、ただ足を前へ前へと進める。


『Oooooooooooo!!!』


 とはいっても俺と巨龍との間にはそれほど距離があるわけでもなく、あと数歩で文字通り衝突してしまうというところまで互いは迫り――


「――形あるものは形のままに,形なきものもそのままに」


 その最中、まるで耳元で囁かれているかのように聞こえてきたエルナの声。


 振り返ることはできないがそれが何らかの魔法の発動のための詠唱であることだけはわかり、ならばと更に前進する足に力を込める。


「――力強きものは力なきもの付随つきしたがえ,色は赤く,流れは熱く!」


 魔法のことなどてんで分からないのでそれが一体何を意味するものかはわからないが、と走りながら考えていたところ――


「っ!?」


 ズンッ、と突如腕にかかった重量に足がもつれそうになる。


「さぁ、準備は整った! 後は頼んだよ!」


 困惑する俺にかけられるエルナの言葉。


 整った、とは何のことかと重さを増した腕――その延長にある剣に目を向けると、


「なっ!?」


 ギルドに加入した時に手に入れ、使い古したただの鋼で造られた剣が赤く、朱く燃えていた。


 まるで鋳造の工程の最中のように、今まさに高熱の窯から取り出したかのように赤々と色を変え、熱を放つ剣が俺の手に握られていた。


「それが『武装化エンチャント』だ! まぁ細かいことは後で話すとして君の剣に『火』の属性を乗せさせてもらった。つまりそれは既に“火の剣”というわけだ!」


 ならば重量を増したのもその『武装化エンチャント』によるものか。


 前のめりになるところを堪えつつ前進を続けると漆黒の鱗は既にもう目の前。


 エルナの言う通り準備が整ったというのなら、あとはこの剣を振るうのみ――!


 ――ドクンッ


 そこで、体に走る感覚に頭が揺れる。


 それはよく知った現象。


 俺の中に眠る力の発露の証。


「っ!?」


選択視セレクト

 Ⅰ:体に攻撃 (効果なし)

 Ⅱ:腕に攻撃 (効果なし)

 Ⅲ:頭部に攻撃 (効果あり)


 直ぐ眼前まで巨龍の身体が迫る最中、静止した世界に浮かんだものは3つの選択。


 即ちそれは俺がなすべき行動であり、


「エルナ! 頭だ! 頭を斬らないとダメだ!!」


 俺が疾走を続けていたせいか世界の制止は一瞬で終わり、次の瞬間には先ほどまでの現実が眼前に戻っていた。


 それでもその一瞬で見えた選択に叫ぶように声を上げる。


 先ほどとは異なりその意味は明白。


 だが、それが実現できるかは別の問題であり、時間が動き出した瞬間俺はただ闇雲にそう叫んでいた。


 そう――例え斬るべき場所がわかったとしても、その頭部は高く高く洞窟の天井に届きそうな程に上にある。


 そして今はその物理的な高度こそが何より最大の問題。


 それを斬るというのなら俺が今からそこまで飛ぶか、さもなくば相手に頭を差し出してもらうしかなく、そしてそのどちらもがとても期待できるものではない。


「くそっ……!」


 しかしだからといってここで立ち止まる余裕はない。


 せめて今はこのまま胴体を斬り、巨龍が体勢を崩すことを願うしかないのか、と一瞬足に迷いが生まれた瞬間――


「仕方ない、そのまま走ってくれ」


 再び、耳元で囁かれるような言葉が届く。


「――“七つの窯に七つの名,ならば一つは私のもの”」


 それがエルナのものと理解できたときには、既にそれは始まっていた。


「――“繋げ繋げ上から下へ,縛れ縛れ下から上へ”」


 囁くような、歌うような詠唱。


 この状況にも関わらず不思議と穏やかな気持ちにすらなってしまいそうな程にそれは優し気な言葉であり――


「――“解禁ドロップ、,迷宮深鎖 スティグマ・オブ・アリアドネ


 ドッ――!


 次の瞬間、無数の何かが空中から現れた。


『Oooooooooooooooooo!!!』


 絶叫を上げるのは漆黒の巨龍。


 それもそのはず、その硬い鱗に覆われている全身を貫かれているのだから。


 それはまるで罪人を縛る鎖のよう。


 空中から現れたそれはエルナの髪と同じ栗毛の色をした光の線が漆黒の肉体を貫き、その身体の動きを封じている。


『Ooooooooo……』


 苦悶の声を漏らす巨龍。


 既にその身体は動きを縛られるだけでなく、少しずつ地面へと縫い付けられるように下へと引きずり降ろされていた。


 光の線は決して太いものではなく、それこそ龍の巨躯からすれば髪の毛程のものだろうがそれでも抗うことができずその肉体は地面へと倒れていく。


「やれやれ、思ったよりも厄介だったね」


 小さく呟くようなエルナの言葉であったがそれは巨龍が地に倒れ伏したその轟音に掻き消されはっきりとは聞こえなかった。


「うぉおおおおおおおおおお!!」


 だが今はその言葉よりもただ、目の前に落ちてきた龍のその頭だけしか目に入らない。


 重量を増した燃える剣を担ぐように背へと振り上げる。


「おおおおおおおおおおお!!」


 狙いは既に眼前。


 踏み込んだ足と叫びをそのまま振り下ろす勢いへと変換し、両の腕に力を込める。


「くらえぇええええええ!!」


 ザンッ――


『火』と共に重量も増したかのような剣はその重みのままに真っすぐ一直線に違うことなく漆黒の龍の頭部を上から下へと切り伏せた。

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