第13話 俺の剣では、ダメなのか
「――見えたッ!」
静止した世界の中、動いているのは俺の目と意識だけ。
眼前で首をもたげる漆黒の龍を睨む俺の視界には淡く浮かび上がる文字があり、
【
Ⅰ:魔法攻撃 (効果なし)
Ⅱ:剣で攻撃 (効果あり:属性【火】)
Ⅲ:撤退 (効果なし)
「……何だ?」
それに思わず呆けてしまう。
それはこれまでと変わらない俺のスキルの発動の証。
浮かび上がった文字は俺が取るべき行動を示しているわけであるが、そのうちの一つが今まで見たことのないものでありそれに意識が一時停止してしまう。
”効果あり”というのはいつも見る通りのものであるが、その後ろに付け足されるように見える言葉の意味が分からず――
「っ、時間が……!」
その意味を理解しようとする俺に反して空中の文字が徐々に薄くなっていく。
これもまた過去に何度か見た現象。
『
しかし決して無限に世界が止まっているわけではなく、俺が一歩でも次の行動を取ろうと動いたとき――或いはただ時間の経過でもそれは解除されてしまう。
現実の時間にしておよそ5秒程だろうか、俺はその間に目に見えた選択の中からどう行動をすればいいのかを決めなければならないのだが、
『Oooooooooooooooooo――!!』
巨龍が吼える。
再び世界が動き出したことを示す咆哮――それがただの呼吸だったのか、或いは眼下に立ち剣を抜く人間に対する威嚇だったのかはわからないが、いずれにしても聞く俺の身体を物理的にも精神的にも震わせるには十分なものだった。
「っ……」
「何か見えたのかい?」
ぶるぶる、と洞窟内に反響し揺れる空気の振動に耐える俺に何かを察したのか一歩後ろに立っていたエルナが声をかけてくる。
「まぁ、見えたには見えたんだが……」
だがその問いにどう返したものかわからず濁したような答えになってしまう。
そう――確かに『
しかしそこで見えたものはこれまでのものとは僅かばかり異なっており、まずその意味を理解しなければいけなような気がしたのだ。
『Oooooooooooo!!!』
しかしそんな俺の思考の時間を隙と見たのか、それともただ立塞がるように立つ俺に我慢の限界が来たのか、漆黒の龍の肉体が咆哮と共に動いた。
「横っ!」
エルナの叫ぶような指示に反射的に体は右へと飛ばした次の瞬間、まさに俺のいた地点に上から巨大な岩が落ちてきた。
否――それは岩などではなく、力任せに俺を叩き潰そうと振るわれた巨龍の腕であった。
「――ッ!」
何ら特別なことのないただの平手打ちのような攻撃だったがその圧倒的な重量と規格はそれだけで強力な一撃となり間一髪でその掌は躱すことはできたものの衝撃と打ち砕かれ辺りに飛散する岩の欠片は避けることはできなかった。
「――タクト!」
腹部に硬い岩が当たったためであろうか、身体に走る痛みに悶絶しているとエルナの声が耳に届く。
顔をそちらに向けている余裕はないがどうやら彼女も無事なようであり、それを確認できると一先ず少しだけ心に安堵が湧いて来た。
「っ! うぉおおおおおお!!」
口から漏れた叫びはせめてもの鎮痛剤代わり。
今はその咆哮と安堵の感情を以って痛みを打ち消すこととして、足を前へと踏み出す。
「おおおおおおおおお!!」
狙いは眼前、今まさに打ち下ろされ硬い洞窟の岩盤にめり込んだままのその腕。
漆黒の鱗に覆われた禍々しさすら感じさせるその腕目掛け俺もまた同じように力任せに剣を振り下ろし――
キィィィィン――
小気味良さすら感じてしまうような、甲高い激突音が虚しく俺の耳を叩いた。
「いっ……!」
そして腕に走る痛み、その痺れに苦悶が漏れる。
まるで、というよりもまさに超硬度の塊を叩いたように振り下ろした剣は欠片程も肉に食い込むことなく振り下ろした衝撃そのままに弾き返された。
「剣も効かないのか? いや、君の剣の腕のせいかもしれないけど……」
一連の動きはエルナの目にも見えていたのだろう、こんな状況で何とも失礼極まりなく聞こえる感想が漏らされた。
「くそっ! やっぱりダメなのか……」
エルナの言葉にはあえて答えないこととして、俺も今の現象に愚痴を漏らしながら後退をして距離を保つ。
今の一撃は確かに巨龍の肉体に傷一つつけていないようだった。
それが俺の腕の悪さ――とは認めたくないし、何といえばいいのだろうかそういう問題ではないような気もしたのだ。
強い弱い、硬い柔らかいではなく、まるで元から
「どうすればいいんだ……」
「……改めて聞くけど、何か見えたのかい?」
「あぁー……、いや確かに見えたには見えたんだが……」
剣は構えたまま少しでも早く反応できるように気を張りつつエルナの問いに答える。
このままこうしていても状況が変わるとは思えず、エルナの知恵を借りで
先ほど俺の目に見えた『
「――なるほど」
とはいえ長い話でもなくただ意味が分からないものが見えた、というだけの説明をしたのだがそれを聞いたエルナは何かを得心をしたかのように頷いた。
「わかるのか?」
「……多分ね」
ちらり、と横目でエルナを見るとうんうん、と頷きながら何かを考えているようである。
「ところで君、『
「エ……『
「了解っ」
そして続いた突然の問いに俺が答えに窮しているとそれで何かを察したのかエルナはもう一度だけ頷き、ぴしっ、とその指先の杖を前へと――未だこちらを睨んでいる巨龍の身体へと向けた。
「それじゃあ、君は何も考えずにとにかく前へと進みなさい!」
まるで子供言い聞かせる親のように、もしくは首輪を外した飼い主のように自信満々に快活にエルナはそう言い切った。
「えぇ……」
俺はただその杖の先を追うように視線を前に向け、禍々しく目を剥く巨龍の相貌にため息をつくしかなかった。
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