第12話 強大だろうと、立ち向かえ
冒険者として生きているものでその名を聞いたことがないものはいないだろう。
帝都からも離れた山の村で生まれ育った俺でさえそれは父の話や風の噂で何度も耳にしたことがある程なのだから。
俺が初めてその姿を見たのはギルドに加入する少し前のこと。
見た、といってもそれは父から譲られた古い書物の中でのことだが。
“少しは頭に入れておくといい”
これからギルドに加入する息子を案じて父の言葉だったのだろうがその顔は決して真剣なものではなかった。
何故ならその時既に冒険者として多くの経験を持っていた父ですら
だが古い紙の上に描かれたそれが現実に在るものとは思えない姿をしていたのも事実であり、或いは過去から伝わる伝承の一つなのではないのか、とその時の俺も思わなかったわけでもない。
いくらかの詳細と共に描かれていたそれはその種別、性質は多種多様であるが一様に牙を剥き、爪を備えた見上げる程の巨躯の獣であると記されていた。
こんなものと出会ったらどうすればいいのだろうか、と夕食までの空いた時間に苦笑交じりに眺めていた暴力の獣。
『Oooooooooooooooooooo――』
それが現実に目の間にいて、やはり俺はどうすればいいのだろうか、としか考えることができないのだった。
「ドッ、
それでも辛うじてそう口にすることができたのはただそれだけしか頭に浮かんでこないという驚愕と――その言葉をどうにか否定してほしいという淡い願いからだったのだろう。
「……あぁ、
しかしそんな俺の思いはたった一言短い肯定の言葉を以って打ち砕かれた。
突如として現れたそれを睨むように見据えるエルナ。
栗毛色の髪から覗く横顔は先ほどまでとは明らかに質の異なる警戒の色に染まっており、その言葉が偽りでないことを俺に知らしめる。
「な、何でこんなところに。ただの『探索』クエストのはずだろ」
「全くだよ。けど、あれは真っ当な龍じゃない」
「え……?」
しかし警戒は持っているものの困惑をしているわけではないようでそういうエルナの目と言葉は極めて冷静なものに感じられた。
「見てごらんよ」
そうして目で位置を示すエルナの視線を追うように再び前方の龍を見やる。
「あれは……」
松明の火に照らされる龍。
全身を深い漆黒の鱗に覆われたその巨躯は反って洞窟の闇との境界を明確にしその輪郭をはっきりと浮かび上がらせている。
硬い地面を貫いて天まで届きそうなその身体は全身ではない。
地面から顔を出したというところか、現れたのは上半身――ちょうどその二つの腕までが自由に動くほどの部分のみであり残る下半身は未だ地に埋まっているように隠れている。
無論、それだけでもその口から覗く牙や地を掴む爪は明確な危険を示すものであり例え全身が露わになっていなくとも脅威であることには変わりはない。
――だが今はその姿よりも、その肉体の所々に付着していた薄汚れた何かが目に止まった。
否、付着しているのではなくそれは黒い身体のその内側が露わになっているだけのこと。
「あんな現れ方をした為か、そもそもああいう龍なのか……或いは龍ですらないのか」
じっ、と観察するようなエルナの視線からもそれは俺の見間違いではないようだ。
「――骨、か?」
黒い鱗に覆われた肉体においてはっきりと目立って見える異質な点。
その巨躯の所々はまるで引き剥がれたかのように、或いは朽ち果てたかのように肉が削げ落ちその内部の骨格が顔を覗かせていた。
その有様は所謂ゾンビか骸骨のようであり、ともすればエルナの言う通り真っ当な命を持った生物であるとは思えない。
「――『
などと、俺が敵影の姿を分析していると傍らのエルナは素早い動作で杖を振り抜き言葉を紡いだ。
ゴウッ!
と空気を裂く音と共に巨大な火球が一直線に前方に聳える巨躯へと射出される。
躊躇もなく手が速い、と一瞬思ったがこの状況でのんびりとしている俺の方が甘いのだろう。
先ほどまでの骸骨兵に対して放たれていたものと比べて数倍は威力が高いであろう
『Ooooooooooo……』
――唸りと共にブンッ、と首を振る、ただそれだけの動作でその身を包んでいた爆炎は跡形もなく消え去った。
「っ! 『
苦々し気に呟くエルナ。
彼女なりに冷静に分析をしているようではあるがそこから導き出される結論があまり喜ばしくないものであることはその表情から伺うことができた。
「失敗したな。もう少し装備を整えてくるんだった」
ふぅ、と小さく息を吐きながら愚痴るエルナ。
そこには恐怖や諦観といったものこそないものの現状に行き詰まりを感じていることは明らかであった。
「戦うつもりか?」
「走って逃げるかい? あれが私たちを敵と見ているかはわからないけどここで背中を見せるのは得策じゃあないと思うけどね」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「それに私はあれがこのクエストの鍵を握っているような気がしてならないんだ。多分、あれから逃げてたら何も変わらない」
杖をまっすぐに巨龍に向け構えたままそう言い切るエルナの言葉に俺は納得してしまう。
確かに今あれはまだその全身を露わにはしていないものの、逃げたところでこの洞窟の中ではいつ追いつかれるかはわからない。
ならば今のうちに何とか無力化させてることができればそれに越したことはないのかもしれない。
それに何よりエルナの言う通り俺もまた洞窟の行き止まりに現れた巨龍こそがこのクエストにおいて重要な存在であるような気がしてならないのだ。
「倒せるのか?」
「んー、倒し方がわかればね」
「――そうだよな」
単純明快、しかし同時に真理でもあるエルナの言葉に俺は頷きながら一歩足を動かす。
「ちょっ……!」
その動きは予想外だったのか、エルナが驚きの声を漏らすがそれには答えずに更に一歩前へ、エルナと巨龍の間に割って入るようにして立つ。
「じゃあ、ちょっとそれを探してみるか」
聳え立つ影は漆黒。
俺が構えるはその爪にも劣る薄い鋼の刃。
それでも眼下に立つ俺に向けられる巨龍の双眸に身が固まる緊張こそあれど、不思議と恐怖という感情は湧いてこない。
「信じてるぜ、俺――!」
それを押し返すように俺も両の眼に力を込める。
その行為に果たして意味があったのかどうかはわからないが、ぐわん、と視界が揺れ、世界が止まる感覚が身体を包む。
例え立塞がるものがどれほど巨大、強大であろうとも、俺ならば或いはそこに活路を開くことができるのではないだろうか。
この身にはそれを見極めるだけの力があるはずなのだから。
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