第10話 分かれていたら、選べ

「『炸裂バースト』!」


 短く簡潔な詠唱と共に指先の杖が振るわれると前方の空間が僅かな熱を伴って爆散する。


 洞窟内を震わせる空気の振動が収まった頃、既にそこには何も残ってはいなかった。


「ふぅ、数が多いね」


 やれやれ、とばかりに愚痴をこぼすエルナであるがその言葉とは裏腹に疲労の色は欠片もない。


 実際目の前に骸骨兵スカルへいが現れようとも現れた端からこうして軽く撃退しているのだから疲れなどないのだろう。


「そっちはどう?」

「お、おう。後ろは大丈夫そうだ」


 進行方向に並んでいた敵影がなくなったことを確認したエルナが振り返ってそう尋ねてくるので俺は少し慌てた風になりながらも首を縦に振る。


 洞窟内を進み始めてからどれほど経っただろう。


 入り口からも遠く離れたと思った頃、どこからともなく骸骨兵スカルへいが現れるようになった。


 ぞろぞろと洞窟の陰から姿を現した骸骨兵に俺が剣を抜き構えるその動作よりも早くエルナの発動した魔法がその一群を焼き払っていた。


 “じゃ、君は後ろを頼むよ”


 その見事な技を見せられた後では俺はその指示に従うしかなく精いっぱい背後に注意を払っているというわけだ。


 実際には敵は前から出てくることがほとんどであり、そして前から来る奴らはことごとくエルナの杖の一振りで塵へと還されているので俺はまるで形だけの警戒を続けているだけなのだが。


 しかしやることが全くない、というわけではなく――


「お? どっちかな」

「ん? んー……右だな」

「了解っ」


 手に持つ心もとない松明の火に照らされた薄暗い洞窟の道は前方で二股に分かれていた。


 当然道標などなく、地図もない。


 見た目からはただ黒い空間がどこまでも続いているようにしか見えないその2つの道に対して俺が右を示すとエルナは疑うこともなくそちらへと歩を進める。


「……もう少し注意した方がいいんじゃないか?」

「ははっ、何を今さら」


 ずんずんと進んでいくエルナの背に一応声をかけると栗毛色の髪を揺らしながらそれは笑いで返された。


「君が選んだんだから間違いないさ」


 俺自身がその道を選んでいるにも関わらず、改めてはっきりとそう言われると本当に大丈夫なのだろうかという小さな不安とむずがゆい恥ずかしさが心に湧いてくる。


 ダンジョンの洞窟が一本道であったのは入り口から一定の距離までであり、内部に入ってからしばらくすると俺たちは突然3つの道の分かれ道に立たされていた。


 しかしそれも想定内だったのか分かれ道の前に立ち、エルナは何やら詠唱を唱え始めた。


 曰くそれは『探索術たんさくじゅつ』という魔法を発動するための準備だったということらしいのだが――


 “真ん中の道だな”


 どうしてか、そう感じた俺の口は自然とそう言葉を紡いでいた。


 その言葉にエルナは振り向いて一瞬だけ不思議そうな顔を見せたが、


 “――ふふっ、じゃあそうしよう”


 直ぐにその口に笑みをたたえるとまっすぐに俺が示した道を進み始めた。


 こうしたやり取りを既に何度か繰り返してここまでやってきたというわけだが


「……本当にこの道でいいのかな?」


 我ながら情けないことはわかってはいるがやはりどうしても自分の言葉に自信を持ち切れずに小さくそう呟くと、


「やれやれ、もっと自分の力に自信を持てばいいのに」


 それが聞こえていたのかエルナがくるりと振り返った。


「別に私は君が素晴らしい勘の持ち主だと思ってるわけじゃないよ?」

「じゃ、じゃあ何で……」

「一度目の分かれ道で君言っていただろ? 多分こっちだって。私はその多分を信じているんだよ」

「んん?」

「ふふっ。いいかい、君の頭に過った感覚、それは君の『真偽眼ジャッジ』というスキルによるものだと私は考えている。正体はよくわからないけど君の目に映る選択の中で正しいものがわかるのはその力によるものだろう。つまりね、君には正しいものと誤っているものを見極める能力がある、と私は思うんだ」

「なる、ほど……?」


 自信たっぷり、といった風に己の考察を述べるエルナ。


 どうやらその根拠は俺のスキルにあるようだが当の俺が今一つピンとこないので返事は何とも曖昧なものになってしまう。


「まっ、私は君の選択を信じてるっていうことさ」


 そんな俺の返事が気に入ったのか或いは呆れたのかエルナは口角を上げた表情を浮かべながら再び前へと向き直った。


「なるほど……」


 その背中に俺は何と言ったものかただ再び同じことを呟くように口にするしかできないのだった。



  *



「お?」


 洞窟はどこまでも続いていた。


 右へ左へ、時に上へ下へと続く道をただひたすら先へ先へと進みどれほどたっただろう。


 当然内部に時間を知るための目印になるようなものはなく、己の感覚のみが頼りとなるのだがそれを信じれば既に数時間はここにいたのではないかと思う。


 現れる骸骨兵スカルへいを蹴散らしつつ、道を曲がるなどということを繰り返して幾度目かというところ、迷いなく歩を進めていたエルナのその足が遂に止まった。


「どうした?」


 まるで主人の後を着いて歩く使いのようにその背を追っていた俺であったが突然立ち止まったエルナにぶつかってしまいそうになるのは間一髪で堪えることができた。


「行き止まりだ」


 少し慌てていた俺に対してエルナはあくまでも静かな口調で短くそう言った。


「なっ!」


 あっさりと言われた言葉であったが聞かされた俺はとても同じように落ち着いてはいられない。


 しかし頭を満たすのは暗い道の奥で行き止まりにぶつかってしまったということへの動揺よりも――


「っ……すまない」


 俺の選んだ道が間違っていたということに対する不甲斐なさ。


 エルナは信じている、といってくれたというのにやはり俺の感覚などまるであてにはなっていなかったのだ。


「戻ろう。何なら俺がおぶっていく」


 なのでそれはせめてもの償い。


 今ならまだ体力が残っている。


 ここでこのまま立ち尽くすよりも少しでも早く正しい道へと戻ることができれば――


「うぅん、本当にここが行き止まりなのかな? 君が選んだ道が? うん……けど……しかし――」


 焦りを覚える俺に対してエルナはどこかぼんやりとした調子で辺りを探るように見ているばかり。


 だがどれほど見ても松明の火に照らされる周囲には奥へと続く道はなく、進むべきは今通ってきた背後のみであり。


「いや、俺が間違えていたんだ。早く戻った方が――」


 それでもエルナはそこを動く様子がないので仕方なくその手を引いて道を戻ろうとした。


 ――その瞬間。


選択視セレクト

 Ⅰ:後方へ回避 (効果あり)

 Ⅱ:剣を抜く (効果なし)

 Ⅲ:その場で待機 (効果なし)


 ぐわんっ、と世界が停止する感覚が俺の身体を包んだ。

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