第8話 見えたのなら、動け
「お前がいるような場所でもないな――『
そう冷たく圧のある言葉を投げかけるのは漆黒の鎧に身を包んだ男。
「――」
「な、何だよあんた……」
その視線を受けて尚沈黙をするエルナに対して、俺は別にみられているわけでもないのに傍に立たれているだけで背中に冷たいものを感じてしまいついそう尋ねてしまった。
「む?」
「っ……」
そんな声にまるで今ようやく俺がそこにいることに気が付いたようにすっ、とその瞳だけが向けられた。
「……なるほど、今度はこの男というわけか」
「――」
「相変わらず下らんことを続けているようだな。まぁ口を挟むつもりもないがな」
「……?」
値踏みをするように俺を見ながらそう言ってくる男にエルナは変わらずに沈黙を貫く。
俺もまた言葉が出てこないのだがそれは単に何を言われているのか理解ができずにいるからだ。
ただわかることと言えばこの男とエルナはどうやら顔見知りらしいがその仲は決して良くはないということぐらい。
「口を挟むつもりがないなら帰ったらいいじゃないか。こんなところにいる程暇じゃないんだろ?」
あくまでも男に視線を向けることはなく顔は俺に向けたままのエルナであるがその言葉からは拒絶の意志がありありと感じられる。
まだ出会って2日ではあるがこうしたエルナを見るのは初めて目でありその姿もまたどこか冷たさを感じさせるものであった。
「ああ、そうさせてもらおう。――君、名は何と言う?」
「タ、タクト・クリアス……です」
「タクト・クリアス、見たところギルドに入って間もないのだろう。気を付けるがいい、この女と行動を共にしていても害はあれど幸はない」
「……?」
じっ、と今までエルナに向けていたように今度はその冷たい目にまっすぐに見据えられ俺の身体はまるで石になってしまったように硬くなる。
「話の途中に失礼したな……では」
などと、俺が頭に疑問符を浮かべている間に男はくるり、と足を翻した。
まるで嵐が過ぎ去ったかのように俺がほっ、と息をつこうとした瞬間――
どくんっ、という頭が揺れるような感覚と共に世界が静止した。
「――ッ!」
これは一体、と考えるまでもない。
それは今日幾度も味わった感覚。
俺のスキル『
【
Ⅰ:エルナの前に立つ (効果あり)
Ⅱ:剣を抜く (効果なし)
Ⅲ:座ったまま待機 (効果なし)
「これは……」
音も全て消えた世界の中、一人動くことのできる俺は目の前に浮かび上がる文字を睨むように見る。
何故今これが見えているのかはわからない。
何しろ自分の意志で発動が出来たことはないのだから。
「――けどっ」
だがその理由はまた後で考えればいい。
今はただ目に映ったそれに従って身体を動かさなければ――
「間に合えッ!」
空中に浮かぶ文字が徐々に薄くなっていく中、静止した時間は俺が椅子から腰を持ち上げた瞬間には完全に動き出した。
そしてそれと同時、否それよりも僅かに早く向けられていた背を向けていたはずの男は再びこちらへと向き直りつつその腕を動かしていた。
「――何だと」
そうして振り向くと同時にその手をエルナへと伸ばした男に対して立ち上がった俺はその眼前に立塞がるように向かい合う形となった
「っ……」
俺はと言えば今目に見えた選択が正しいものと信じてそうしただけであって何かしたいことがあるわけでもないのだが男の方は俺の行動が予想外だったのか今まで感情というものを浮かべていなかったその鉄面皮の眉が僅かに上がっていた。
「――見えたのか。いや違うな。それができる程の人間ではあるまい」
しかしその変化も瞬きの間のことであり次の瞬間には先ほどまでの冷たい顔へと戻りぶつぶつと何事かを呟いていた。
「ならばスキルか。なるほど面白いものを持っているようだ」
「……?」
そのまま一人納得をしたように一度小さく頷くと上げていた手を下ろし再び背を向けた。
「タクト・クリアス、もう一度言っておくがその女には気を付けておくのだな」
振り返ることはもうなく背中を向けたままそう言い残すと男はギルドに集まる人だかりへと歩を進めた。
「な、何だったんだあいつは……」
その背中が人に紛れ消えていったところで俺はようやく一息付けたという感じで大きく呼吸をしつつそう呟いた。
「ユリウス・ベングドール。このギルドの『銀級』だけど知らないのかい?」
それに背後で座ったままのエルナがそう答えてくれた。
「えっと……『銀級』?」
振り返るとエルナは先ほどまでの姿勢のままそこに座っていた。
「今のを聞いてどう思った?」
「今の?」
「私といても害はあっても幸はないっていうあいつの言葉さ」
「あぁー……」
すっ、と俺を見上げるエルナは口角を吊り上げ何やら愉快そうな表情を浮かべている。
まるでこちらを試しているかのような言葉に俺はじっくりと――実際にはほんの少しだけ思考を巡らせてみた。
「うん。まぁよくわからないな」
だが考えてみたところで出てくる結論は同じであった。
「何か不吉なことを言われたような気もするけどさ。今はあんたと一緒にこのスキルのことを知りたいっていうのが正直なところだな」
それは俺の本心であり今はそれしか言うことができない。
仮にエルナがあの男の言う通り何か危険な人物であるとしても俺自身がまだ被害を受けたわけでもないので今ここで離れるつもりはないのだった。
「ふふっ、君はやっぱり面白いね」
そんな俺の反応をどう受け取ったのか、エルナは頬杖をついたままにやりと微笑むと俺にもう一度座るように促した。
「じゃ、さっきの話の続きだけど――」
そして懐に手を入れながら話を始めるエルナ。
夜はまだもう少し続きそうだった。
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